平均たいらひとし

ロマンスドールの平均たいらひとしのレビュー・感想・評価

ロマンスドール(2019年製作の映画)
4.0
~時に、目に映るもの以上に、手触りから伝わる感覚こそ、確かなものがある。~

「ふがいない僕は空を見た」から、タナダユキさんのメガホンを取る作品は、欠かしてない。本作のインタビューでも、「女性ならではの目線」とかで作品を見做されるのが嫌だとの趣旨の発言を見ました。高い意識から、男女同等の地位を希求するとかではなくて、赤裸々な描写は、さほどは無いけれど、「結びつき」を求める原始的欲求。まあ、肉体的、本能的結びつきを介した、男女の情景。特に、男のダメさ加減や、狼狽だとか、不格好な様をみせられて、嫌な気というよりも、同調感覚が伝わって来るところに、見逃さない理由があるのかも。

見て来た中では、「ロマンス」が、好きです。大島優子さんが、演者として見做せたのは勿論ですが、旅の道連れとなる、大倉孝二さんの、タイトルの雰囲気に遠く及ばない、隠しきれない出来心や、みっともなさには、監督が、それをあげつらうより、シンパシーを持っているのが伺えました。

本作「ロマンスドール」は、夫婦をモデルに、「結びつき」の表層と、表向きに出来ない、行為が呼び起こす感情が、得難くて深い事。そして、目の前の肉体の感触で得た創造性が、作り物の中で、生命力を脈打たせるかの艶めかしさの種をまくという。生と性が一体となった愛情は、かけ離れた表層と深層がない交ぜの出来合いとなって、そのしょうもない事で、人は、振り回されて、突き動かされ。その愛情とは、また別のところで、違った感情や衝動を呼び起こしているという、夫婦の機微という、たいへん、ミクロな話を、下世話一歩前に留めて、ウエットにもならず、さらりと見せてくれる。

映像化の原作自体が、監督によるものなのだが、妻には、自分が、「ラブドール」の造形担当として、腕を振るっている事を伏せたまま、結婚生活を送っている夫目線で、作品は、進む。その夫哲雄を演じるのが、高橋一生さんである。一生さんと言えば、「カルテット」や去年の「凪のお暇」のTVドラマでは、見た目で相殺しても余りある鬱屈を抱えた人物を演じると、ひと際目を惹くのですが。自分のねじ曲がりではないけれど、ダッチワイフと呼ばれていた頃よりは、認知の具合が変わったとは言え、世を忍ぶ造形物の創造主という「屈折」を、爽やかな見た目の裏側に隠されて。サービスデーの劇場には、一生さん目当てと思しき女性が、多くの割合で駆けつけていて、作品的意味合いだけでなく、商業的意味合いからも、マッチした起用です。

評価の高かった「彼女がその名前を知らない鳥たち」の役柄と比べると、寛容な心に満ち溢れ、料理も上手で、夫を立てる妻園子には、蒼井優さん。なりたくてドール職人の職に就いた訳ではなかった哲雄だったが、ピエール瀧扮する社長に、胸の造形にダメ出しされて、美大出身のコネで、乳がん患者用の偽装乳房の型取りの為と偽って呼んだモデルが園子で、それが出逢いとなって夫婦の契りを結ぶも、哲雄は本当の仕事を押し隠し通すも、どう見てもつき通せない夫の嘘の裏で、夫婦が試される事態に突き当り、二人して、行末を模索します。


哲雄の上司と云うか、人形職人の師匠にあたるのがキタロウさんで、パッと見、服装を纏わせればリアルと思わせる質感を追及する探求心に圧倒されるうちに、創造の意義を共有するものの打ち明け難いという心理は、理解できる。彼の仕事が世の役に立つていると信じ、毎日弁当を持たせ、帰りが遅くなっても、一緒に夕食を食べるべく帰宅を待つ園子が与えてくれる、「やすらぎ」が当たり前となって、つい、そこに「あぐら」をかいてしまう、ダメさ加減が、これまでのタナダ作品に出て来る男たちに、相通じる。

それらは、良く出来た奥さんがもたらす、表向きの夫婦関係なのだけれど。互いの都合や、居心地だけで、結び付くものでなく、本能的、肉体的な部分での、必然的な繋がりとして欠く事は出来ないし、当然、言葉では言い表せないながらも、関係を築くにあたって、その核心が得られたりするのだなと。それが、特に明け透けでない描写に出ていました。

結婚報告で、二人とキタロウさんが、酒の席で歓談していて。哲雄が、席を外すなり、キタロウさんは、園子に、胸の型取りという出逢いから、どうしてこうなったかと尋ねるのですが。造形の為に、触らせてと、キタロウさんに、そそのかされる形で、常識を超えた嘆願を哲雄がして、患者の為と、園子は受け入れたのだが。「自分に触れた時の、哲雄さんの手付きから、優しさを感じた」と、酒で気持ちが緩んでいるのもあるのだけれど、その時の照れくさそうでいて、のろけも入っていた蒼井さんの口調や表情も、勿論、巧かったですが、響きの心地よい言葉とか、美麗な容姿とか目に見えるものじゃなくて、「感触」から得られる、真実とか、気持ちが、その人にとって揺るがないものと、それを直接見せる描写がなかったのは、惜しかったけれど、何気なしに見せてくれています。

そういう感触とか、温もりを、哲雄はドールに再現して、人知れず、人形たちは世に出回っている訳ですが。そういう、夫婦の経緯があって、精巧な人形が出来ているとは知らず、浜辺で打ち上げられた、昔ながらの壊れた空気人形を、好奇心で、中坊男子が、騒ぎ立てつつ弄っている中、それに出くわした哲雄が、「今は、もっと、すげぇーのを抱くことができるんだぞ」って、中坊たちを焚きつける場面が、滑稽で、寂しくもあり、愛情に満ちておりました。

拙文にお付き合い頂き、有難う御座います。
横浜ブルグ13 シアター⑬にて