蛇らい

イン・ザ・ハイツの蛇らいのレビュー・感想・評価

イン・ザ・ハイツ(2021年製作の映画)
4.0
生活や営み、夢と挫折が街の中に佇む。ささやかな暮らしと、それを真っ当する人々の機微を歌とダンスで爆発させる。本年度屈指の大傑作だ。

序盤、主人公はビーチで子どもたちに、自伝的な物語を話す。物語は音楽の中で語るというセリフの宣言の元始まったこの映画は、全体の7割近くを歌唱パートが占める。ミュージカルでよくある、物語が歌唱パートで一旦流れが止まるなんてことなく、音楽と歌詞が物語自体を推進させ、怒涛のテンポ感でラストカットまで駆け抜ける。

キャラクターの造形や街の精神的なニュアンスなど、映画として必要なプロットの説明を、歌の中で心地よいリズムと共に完了させるという監督の手際の良さは圧巻だ。劇中に使用される音楽の素晴らしさに、つい体を揺らしたくなりつつ、キャラクターたちが抱える社会背景、移民としてアメリカで生きていく上での様々な障壁についても歌の中で語られる。決して楽観主義的な立ち振る舞いではなく、現状を咀嚼してから表現される人々の表情や姿に感情移入してしまう。

大味なダンスと歌唱が群衆によって行われる迫力が見所ではあるが、狙って撮れるわけではないその瞬間ならではの小さな偶然も切り取られている。

例えば、主人公がパーティが行われているハイツのキッチンで、ヒロインの女性と瓶ビールを開けるシーン。慣れない相手とのドギマギする雰囲気と、ビールが溢れて拭かなきゃなんていう何でもない風景や、旅立つ前のパッキングでパンパンに詰め込み過ぎたキャリーケースの上に2人で乗っかって無理矢理ジッパーを閉める和気藹々としたカットなど、切り取られ損ねがちなカットもしっかりと描写され、より生活に根ざした映画に仕上がっている。

コミュニティ内では全員が顔見知りであることのある種、寓話的な連帯感が大所帯で踊ることの説得力にもなっている。そんな大家族さながらの皆んなのおばあちゃん的な存在として、アグエラという人物がいるのだが、この人の言う「些細なことが尊厳を保つ」というセリフは、どんな状況下をも包括する素晴らしいセリフとして映画の精神の核となっている。

給仕として辛い仕事をしている中でも、使う布巾にきれいな刺繍をして気分を上げるとか、強く生きるとは抵抗するだけにあらず、与えられた状況でどう自分をなくさずに生きられるかという順応する強さでもあることを気づかせてくれた。レコードの傷で飛んでしまう針は、同じフレーズを反復するが、でもそこが味になって良いという発想は人生の生き方のコツとして描かれる。傷の部分からサンプリングする流れは極めてヒップホップ的だ。

本作では、酷暑真っ最中の大停電という苦悩の時代のメタファーが我々を試している。コロナ禍とも重ねられずにはいられない。この映画は劇中での大停電(コロナ禍の暗い時代)の夜空に打ち上げた一発の花火を、皆んなで見上げるような一作だと思う。困難に立ち止まったときに問われる人間としてのマインドや、姿勢のあるべき姿を映し出している。こんなにも勇気が湧いている自分に驚きを隠せない。今、この時代に見るべき一本であり、時代を代表する一本だ。是非映画館で観てほしい。
蛇らい

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