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窮鼠はチーズの夢を見るのumisodachiのレビュー・感想・評価

窮鼠はチーズの夢を見る(2020年製作の映画)
3.9
漫画原作だが原作は未読。R15。

広告会社に勤める中堅社員の大伴はモテ男。美しい妻と仲良く暮らしながら、取引先の女と浮気をしている。そんなある日、大学時代のサークルの後輩・今ヶ瀬が訪ねてくる。探偵事務所で働いていると言う今ヶ瀬が見せてきたのは、大伴の浮気調査報告書だった。妻に秘密にする条件として、今ヶ瀬は「キスして欲しい」と伝えるのだが……。

しっかりR15作品だった。とにかくラブシーンが多いね。まあそれはともかく。

人間としてダメすぎる大伴と、彼にずっと片思いする今ヶ瀬の関係性がリアル。相手が完璧だから好きになるわけじゃない。好きになるのに理由なんてない。そうだよね。執拗に大伴を求め続ける今ヶ瀬と、少しずつ今ヶ瀬に心の領域を明け渡していく大伴の感情の揺れが丁寧に描かれていた。

なんといっても今ヶ瀬を演じる成田凌が抜群に上手くて、ちょっと怖いくらい。大伴を演じる大倉義はややぎこちなさもあったのだが、成田凌の身体全体から溢れ出る空気が全てを成立させてしまっていた。この人どんどん上手くなるから目が離せない。

はっきりいって、大伴はクズだ。「流され侍」と呼ばれていたがそんなもんじゃないでしょう。自分から引っかけにいっているし、自分は悪者になりたくなくて決断できないし、人間として良いところがおよそ見つからない。でも、人当たりが良くてチャーミングだから(しかも少し謎めいている)強烈にモテる。いくらなんでもデザイナーズ感出過ぎのあんなマンションに住んでいるのは鼻白んだが、元マスコミで働いていた経験からいうと、ああいう男は確かにいた。でも腹立つよねー。妻とのデートシーンではちょっとスカッとしたもの。

しかし、何度も言うがそんなことは好きになる理由とは関係がない。8年間も片思いしてしまうことに理論的な説明などできないのだから。

良かったのは、恋愛対象が異性から同性に「変わった」という表現が一切なかったことだ。今ヶ瀬の明確なライバルとして登場するナツキは失礼なことを言いまくるが、彼女の気持ちもリアリティがあった。自分が諦めた相手や別れた相手について、「あいつだけとはくっついて欲しくない」と思うことってあると思うのだが、ナツキと今ヶ瀬はおそらく大学時代からそういう感情をお互いに抱いていたのだろうと察せられた。つまり、ナツキは今ヶ瀬を恋のライバルと見做していたということであり、だからこそ彼女の言葉に現れる侮蔑の表現は「相手を傷つけるためにわざと繰り出している武器」にしかならない。裏を返せば認めているということだから。ナツキはかなり良い役だし、大伴が自分と向き合うために必要なキャラクターとして重要な意味を持っていた。ナツキによって、大伴はゲイに向けられる差別に対する怒りを自覚したわけだから。大伴が今ヶ瀬を恋愛対象として捉えていることを教えてくれたのは、ナツキだ。

本作は、意図的にさまざまなアイテムを使っている映画でもあった。繰り返し出てくるレストラン(注文の内容で心の近さを表現したのは上手い)、部屋の中にある椅子、ダイソンの掃除機、灰皿。ジッポ、手土産のプリン、部屋着。こういったアイテムがキーになったり繰り返し登場したりして、物語を雄弁に説明していく。

好きになるということは、全てのものに相手を見出すということでもある。誰かを好きになったらほんの少しの手掛かりに意味を読み取りたくなる。そういった「好き」の表れ方を、実に映画らしい手法で丁寧に描いていて好感を持った。

終盤は少し駆け足な感じもしたし、もうちょっと細部まで描いて欲しいと思ったものの、大伴がしっかり成長していたのは良かった(そういえば大伴の実家や両親が全然出てこなかったな)。あと、「BLだけど普遍的な恋を描いています」ってみんな言うけど、そんな注釈必要?これは男性同士の心の機微を描いた恋愛映画であり、「BLだけど」とか言い訳しないといけないものではなくない?男性同士の恋愛を描いているからこういう内容になるわけで、これが異性じゃ同じにはならないよね?ということは、「BLだけど」じゃないんだよ。「BLであり、恋愛映画である」が正解でしょう。他の作品にたいしては、「BLだから普遍的な恋愛ではないよね」だなんて思うわけ?どんなBLだって普遍的な恋愛を描こうと思って作られるに決まってるじゃない。創作ってそういうものなんだから。

「この作品は異性同士の恋を描いているが、普遍的な恋愛映画」なんて絶対に言わないのに、なぜ同性愛だとそういう表現を平気でしてしまうのか……。これは、大伴と今ヶ瀬というふたりの男性でなければ紡げなかった恋だからこそ雄弁なんだよ。良い映画が普遍性を持つってそういうことでしょう?


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