「過ぎたことを蒸し返すな」「昔のことだろう」
幼少期の性被害を訴えるとき、多くの人が無責任に被害者にこんな言葉をかける。時に「善意」で。
でも、「話せるようになるには時間がかかる」、時に何十年も。
そして「味方がいることは心強い」。「仲間がいてはじめて勇気が持てる」。
のに、みんながみんな同じ考え方とは限らないし、同じ被害を受けた人でも加害者に求めることは違う。
それらの複雑性を一気にわからせてくれるすごい映画だと思った。どの立ち位置にも寄らない。でもすごくリアルだった。
加害者との対面シーンは特にひどかったが、ひとつひとつが必要なシーンだと思った。
個人的にはこれは宗教が絡んだ難しい映画(もちろんその要素もあるが)というよりは、性被害者がそれを訴えようとしたときに立ち向かわなければならない困難の物語、に見えたし、フランスだから、とかカトリック教会だから起きたものではないと思う。日本にもいくらでもこういった抑圧や隠蔽はあるし、傷を抱えて生きている人はいる。
本作でも、心に受けた傷は時間が経っても癒されないし、人の一生を簡単に変えてしまう、ということを否が応でも知らされる。特にエマニュエルからそれを強く強く感じた。全ての困難が性被害によるものではないかもしれないけど、そうなる人生ってあるんだよね。
次世代を想い黙らないこと、を決心したアレクサンドルから、確実に社会は変わる。
少しずつ沈黙は破られる。
そのこと自体は本当に素晴らしく、勇気があることだったのだと思う。
様々な場面で心が痛んだが、性的虐待そのものの描写がないことから、子役を苦しめない映画にするような工夫と意図を感じた(それでも心苦しくなるのだけれど)。
ただやはりよくあるひどい言葉もたくさんあるので、サバイバーの方にはつらいかもしれない。
あと作中で同性愛と小児性愛の差別化についての発言があったこと、性自認や性的指向についても若干触れられたことについては明確な姿勢を感じて安心できた。日本ではなかなかこういった映画はなかなか作られないのだろうと思う。悲しいかな。
性のタブー視をゴリゴリにすり込むカトリックについてこういった声が形になって映画にまでなって日本に届くのは、改めてすごいことだなあと。しみじみ。
次世代を想い、社会活動をする姿勢には、同じ気持ちで生きて、声を上げている自分にはすごく勇気づけられた。そして同じ属性でも必ずしも同じ視座ではなく、足並みが揃うわけではない、ということも。すごくあるよなあ、と思った。
でも、仲間がいないと、ひとりではやっていけない。そういうものなんだよな。そういう点ですごくリアルでした。
あからさまなメッセージがないのもまた、よかった。
こういう多面的な描写が楽しめるようになったのは知識や経験が増えたからなのかなあ。学生時代に見たらまた感想が違うのかも。
オンライン試写会にて。