朝田

在りし日の歌の朝田のレビュー・感想・評価

在りし日の歌(2019年製作の映画)
3.8
中々に心に染みる映画でした。ジャ・ジャンクー「帰れない二人」を思わせるようなタッチで、ある夫婦を描いた激動の大河ドラマ。見る前には個人的に185分という長い尺には不安さを感じていたが、人間関係が入りくんだ数年間にも渡る話をギチギチに詰めて語っているため納得できる。その情報量の密度故に体感時間も比較的短い。基本的に長回し主体で、要所要所に端正な、絵画的なショットが繰り出されるといういかにもな台湾ニューシネマの系譜にある映画。ただ、同じ中国の、新世代の監督であるビー・ガンやら亡くなってしまったフー・ボーと比べると比較的普通に物語を語ろうとする堅実さがある。音楽の使い方やカメラワークなど手法として実験的な所は無く、代わりに三時間にも渡る尺の脚本をドラマとして綺麗に纏められているのは素直に驚かされる。そこは美点だと思う。演出もセリフに頼らず視線のやり取りや、カーテンの揺れ、ドアの開閉など徹底して画面によって雄弁に語っていくスタイルで、新鮮味はないとは言え監督の確かな腕と映画的な素養を感じさせる。俳優陣の気合いの入った演技も相まって、息子が亡くなってしまった原因を告白されるシーンなどは迫真の出来栄えで一見の価値がある。ベタに陥りそうな泣かせるシーンにおいても被写体とカメラが一定の距離を保つ事で上品な印象も残る。演出、撮影ともに間違いなく高いレベルにある良い映画とは言える。ただやはりどこまでも堅実な作品に収まってしまっている側面はある。前述したビー・ガンあるいはジャ・ジャンクー作品における荒唐無稽さを恐れない表現の飛躍が強烈に印象に残るのと比べると映画としてのスリルに欠ける感じはある。必ずしも突飛な手法を用いろだとかは言う気はないが、もう少しこの監督独自の何か特別さが見えてこなければ、個性の強い中国の現役作家たちに負けてしまうのではないだろうか。そういう意味でこの監督の真価は「綺麗にドラマを語ること」を突き詰めた今作品の次にある作品の出来次第で判ってくると思われる。それでも基本的には良い映画なのは間違いないが。
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