幽斎

赤い闇 スターリンの冷たい大地での幽斎のレビュー・感想・評価

4.4
いつの世にも闇を暴き、真実に光を当てようとする人達は存在する。ネットは告発のツールとして活躍するが、私達の電話、メール、SNSは全てアメリカ軍横田基地に有るNSA国家安全保障局の監視下に有る。それが敗戦国の日本が独立を上辺だけでも認められた交換条件。私達は二度と貴方達に歯向かいません、と。此の真実を暴いたのがEdward Snowden。京都のミニシアター、京都シネマで鑑賞。

ハッキリ言えば面白い映画ではない。だが、貴方の貴重な余暇の時間を費やしても見る価値は十分に有る。日本人には馴染みが無い要素が多いので、事前に予告編を見る事をお勧めする。
https://www.youtube.com/watch?v=fm0T7am4dnw

Agnieszka Holland女性監督、ポーランド、ワルシャワ出身。祖国の英雄Andrzej Wajda監督を師事、彼女は脚本家として名作「コルチャック先生」「ドイツの恋」を手掛けた。Wajda監督はレジスタンスを描く一方、批判を暗喩的に描いた作品を数多く残して史実と映画を両立させた点が高く評価され、アカデミー栄誉賞も得た。彼女も「太陽と月に背いて」「ソハの地下水道」と、同じ道を歩む。私は宿命と言う言葉は嫌いだが、これがポーランドの終わらない戦後の宿命かもしれない。

主演は次期「007」候補James Norton、35歳。BBC御用達俳優と思ったら「フラットライナーズ」観てたわ"笑"。共演は「ミッションインポッシブル フォールアウト」Vanessa Kirby、確かワイスピにも出てた、彼女もイングランド出身。Peter Sarsgaardはイリノイ州の陽気なアメリカ人。間違いなくハリウッド・スターだけど地味"笑"、でもソコが良い。彼の安定した存在感が、難しいテーマを分り易く導いてくれる。

「Holodomor Genocide」、中国文化大革命、ホロコーストと並ぶ20世紀3大悲劇の1つ。劇場で「なんか聞いた事有るな」と思い、帰りのドトールで検索したら「チャイルド44」新潮文庫で読んでた。映画「チャイルド44 森に消えた子供たち」も観てた。ホロドモールはウクライナで起きた「人為的な大飢饉」。死者が300万人とも1500万人とも言われ、食糧難で死体の人肉を食べる人も。日本人には馴染みのないジェノサイドだが、分り易く言えば「意図的な集団殺人」。ガレス・ジョーンズを送り込んだイギリスは本件をジェノサイドと承認しない。だからこそ彼に報いるべく英国資本で作られた。私がイギリス映画が一番好きな理由の一端も垣間見える。

監督は本作で描かれる真実の「隠蔽」、政府と結託して忖度する「マスコミ」の問題は、現代の報道姿勢とダイレクトに結び付く、だから製作したと述べた。秀逸なのはガレス・ジョーンズと同世代George Orwellを登場させたのは上手い演出。彼は「1984」全体主義に依る統治された近未来世界を描いた、ディストピア小説の金字塔を執筆。コレを基にFrançois Truffaut監督「華氏451」。George Lucas監督「THX 1138」等多くのフォロワーが生まれた。その前作に当たるのが「動物農場」人間の農場主に虐げられた動物が革命を起こし、豚のリーダー、ナポレオンが独裁者と化す。ナポレオンのモデルは当然スターリンだろうが、共産主義に痛烈な皮肉を喰らわしてる。シリアスなテーマに寓話的なスタイルを持ち込む、監督のセンスが映画のセンシティヴを高めてる。

ジョーンズのスクープはソ連の外国人記者のリーダー役ニューヨークタイムズのモスクワ支局長ウォルター・デュランティに一度は阻止される。だが、イギリスと言う国は情報収集に秀でた国で、記事のウラを取ってスクープを正々堂々と援護。彼は大いなる名声を得たが、このタイプは自分の俗世に興味が無いので、溺れる事無く新たなスクープを求め再び世界へ飛び出す。

次に彼の消息が明らかに成ったのは我が国、日本。イギリスと同程度の国が中国大陸の一部を占領。英国人から見ればスペインを統治下に置く感覚だろう。日本政府要人の取材を終えドイツ人記者と一緒に満州国へ。中国を経てモンゴルに行く彼を、政情不安を理由に日本政府は止めたがウクライナの件も有り、警戒が疎かだった。取材中に盗賊に誘拐され、身代金に目が眩んだ中国人に売り渡され、スターリンの顔に泥を塗ったジョーンズは、秘密警察の手で葬れ去られた。ウォルター・デュランティはピューリッアー賞剥奪の抗議を受けたが、73歳で亡くなる。貴方は選べるなら、何方の人生を選択するだろう?。

脚本を書いて製作も兼務するAndrea Chalupa(美人)は、ホロドモールの史実を書き上げ、Holland監督に映画化を迫ったが、同じプロットの脚本ばかり舞い込むので、始めは乗り気では無かった。製作するにもポーランドの製作会社Film Produkcjaだけではロケの規模を考えても無理と態度を保留。其処で当事者であるウクライナの製作会社Kinorobに監督を説得する様に掛け合う。実は彼女の祖父はホロドモールの生き残りで、生前自分の体験を人々に伝えて欲しいと孫に手記を残してた。

一般人で映画界の実績ゼロの彼女だが、その秀逸な脚本は当事者しか知り得ない情報と、勧善懲悪を廃した、見事なバランスの元に書かれてた。ウクライナの現政権はホロドモールを否定する親ロシア派。それに批判的なウクライナの製作会社はジョーンズの祖国、イギリスの配給会社Signature Entertainmentにコンタクト。其処から同国グラスゴーの製作会社Jones Boy Filmがアテンド。ウクライナ、ポーランドも加えた3ヵ国共同体制を構築。英語、ウェールズ語、ウクライナ語、ロシア語が飛び交う事から、経験豊富なハリウッド俳優を招集。ギャラは安いが脚本に共感した実力派が揃う。主人公と同じ様に、彼女も真実は人を動かす力が有る事を証明した。多くの人達が飢餓で野垂れ死ぬ姿を見ていた御祖父さんも、きっと喜んでいるだろう。

不撓不屈の精神を持つジャーナリスト魂に最大限の賛辞を。偽りの繁栄は現代も続いてる。
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