ヨーク

屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカのヨークのレビュー・感想・評価

3.9
数カ月に1本くらいはある気がする思ってたのと違う映画だったけれど面白かったです。まぁ面白ければ思ってたのと違ってもいい。
本作『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』はそのタイトルでも分かるように殺人鬼である主人公フリッツ・ホンカを描いたものなんだけれど、実在したシリアルキラーを描いた映画としてはちょっと異色というかノリが違う感じがした。よくある実録モノのシリアルキラー映画なら犯人の生い立ちとかトラウマとか性的志向を当時の社会情勢に照らし合わせて描いたという感じになるのだが、最後の社会情勢はともかく本作でフリッツ・ホンカという人のパーソナルな部分や人格形成に関わったエピソードなんかの描写は全くといっていいほど描かれない。殺人衝動のベースとなる子供時代の拭い去ることのできない体験とかが描かれるわけではなく、映画が始まった時点で結構いい年のおっさんであろうホンカがひたすら酒に溺れていく姿ばかりが描かれるのだ。
殺人鬼を描いた映画というよりはただのアル中日記じゃねぇか、というのが率直な感想だった。殺しの理由だって安直でただ単にセックスをしたいホンカはド底辺な匂い漂う酒場でアル中な女(女というか老婆)を「ウチに酒あるから一緒に飲もうぜ」と誘って泥酔したまま事に及ぶのだがそこでチ〇コが上手く勃たないことをからかわれたり、ホンカの話を聞かずに一方的に喋り続けたりすることにキレて衝動的に殺してしまうのだ。実にしょうもない殺人だ。さらに言うとその無計画な殺人の後処理も杜撰も杜撰で、冒頭で最初の殺人シーンが描かれた後に死体の処理のためにバラバラに切った体の半分ほどを持ち出して近所の空き地に遺棄するが、多分思ったよりも重くて往復したくなかったのであろう、残り半分の死体はあろうことか袋に突っ込んだまま自室の収納スペースに放り投げるのである。
もうなんかこの辺で笑ってしまうよね。死体の処理適当すぎるだろ。その収納スペースは一応テープで目張りしてあるのだがホンカの自宅に客人が来るたびに「なんかこの部屋臭くね?」と指摘されるのである。まるでコントのようだ。しかもホンカが第2の殺人を犯してその死体をまた収納スペースにぶち込もうとしてテープをはがして戸を開けるとあまりの臭さに自分で吐いてしまうのだ。なんつー適当で行き当たりばったりな殺人鬼だよ。勝手な期待で申し訳ないけど映画になるほどのシリアルキラーってもっとしたたかな知能犯のイメージだったよ。
でもそういうところが面白かったですね。ホンカさんは警察を出し抜く知能を持った殺人鬼とかじゃなくて上述したようにただのアル中なんですよ。いい女とセックスしたいだけで酒の勢いで女を誘うし、殺しだって酒の勢いでやっちゃう。理解できないような殺人鬼の思考が怖いんじゃなくてアルコールがこれほど人を狂わせるということが怖い。殺人鬼ではなくともド底辺でこの世の終わりみたいな酒場に集まっている人たちの雰囲気が怖い。そういう映画なんだと思うんですよね。
アル中とはいかなくても酒なんて大なり小なり相当多くの大人が嗜むものなので、それがこんなにも恐ろしいものなのだと突き付けられることが面白いというか、本作の見どころだったと思います。若干ネタバレだがホンカさんは中盤くらいで酒をやめて更生しようとするんですよね。まぁその時点で数人殺してるから更生もクソもあるかよという気もするが。でもあるきっかけでまた飲み始めてからはもうどうしようもなく堕ちていってしまう。俺自身ほとんど毎日飲んでる人間なのでなんか色々身につまされましたよ。
あと、最初に書いた社会情勢に関しては本作の舞台となった年代を考えると多分ホンカさんは30年代くらいに生まれたんだと思う。だとするとドイツの戦後復興期がホンカさんの働き盛りな年齢と重なるんだけれど多分そこから零れ落ちてしまった人なんだろうな、とは思いますね。その劣等感とかを酒で紛らわして性的な衝動を発散するしかやりようのなかった人なんだろう。そういう意味ではすごく平凡な人間であるような気もする。もちろん殺人にまで至る暴力性を抑えることができないのは大問題ですけれど。
しかし作中では別の可能性も示唆されていて、それは救世軍の人がド底辺酒場の人たちと触れ合うシーンがあるんだけれど、あれって酒以外にも貴方たちを救うものはありますよってことだと思うんですよね。結局ド底辺酒場の人たちは救世軍の人を受け入れなかったけれど、そういうアルコールに逃げる以外の救済も示しているので凄く真摯で道徳的な映画だと思いますよ。
なんだったらこれから酒との付き合いが始まるであろう高校生とか大学生に教材として見せてもいいんじゃないかな。
終始汚い絵面が続くのも本当に不快で素晴らしかったですね。もうホンカさんの部屋が臭そうで臭そうで4D上映かよと思うほどの迫真の映像でしたよ。あと役者たちの顔も汚い。汚いというか本当に希望がなさそうな顔をしている。そういう負のオーラのようなものの描写は一級品でしたね。
殺人鬼よりもアルコールが怖いというようなオチになってしまうけれど、まぁそれはそれで面白い映画でした。
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