KnightsofOdessa

イエスタデイのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

イエスタデイ(2019年製作の映画)
4.5
[共有と拡散についての物語、或いは『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』] 90点

世界中のクリエイターが"売れるには有名にならないといけないが、有名になるには売れる必要がある"という矛盾に苦しんでいる。例えば、仏ノーベル文学賞受賞詩人クロード・シモンの詩集を出版社に送ったファンは、その全てに断られたという。ある編集者は"一文が長すぎる"と言ったらしいが、それこそが"ヌーボーロマン"の騎手シモンの特徴なのだ。有名であっても無碍に扱われる、況やをやである。出版業界引いてはエンタメ業界はそんな実利主義に侵されているのだ。勿論、音楽業界も含まれる。ビートルズの歌を知らない世界でビートルズを歌っていたジャックもそうだった。有名じゃないから、歌うだけじゃ届かない。世界で初めて"Hey Jude"を両親に披露したところで、歌手を目指す息子が弾く新曲に過ぎないのである。

しかし、世界にはそれに対抗する手段も得てきた。昔は口コミ、深夜の繰り返し上映、ラジオでの紹介などで広がった映画・音楽は、今ではSNSという強力な拡散手段を得たのだ。ジャックの演奏形体が自作の曲"サマーソング"のときとビートルズの曲で変わったわけではないのに、それを偶然観た青年が自分のスタジオを貸してくれて、そこで出したCDを偶然知ったTVプロデューサーがトーク番組に出してくれて、それを偶然観ていたエド・シーランが彼を前座としてロシアに導く。あくまでアナログな手法にこだわる(ジャックがスマホを使うのは電話のみだ)のは、まるで拡散と共有の歴史を辿っているようだ。ビートルズの楽曲が拡散された過程と、もしかするとダニー・ボイル作品が拡散された過程までも再現しているのかもしれない。そして、そこからはガラリと変わってSNSの拡散力を武器にした戦略的な宣伝を展開することで、ジャックは一躍時代の寵児と化す。その点エリーは、マネージャーとして一流とは言い難い。ビートルズの歌に感動したなら、それをSNSに乗せてしまえば、すぐに拡散していったかもしれない。Youtubeに投稿するという手段もあったはずだ。しかし、あくまでパブでの演奏という地続きの手段を選んだのは、ジャックを独り占めし続けたかったからなのか。

ということで、本作品は共有についての物語であるというのが一つある。ジャックが最初にビートルズを演奏したのは、勿論ビートルズがいないからという下心あってのことだろうけど、活動が次第に大きくなるにつれて罪悪感を抱くようになっていった。そんな中、彼のもとにビートルズを覚えている二人の男女が訪れるシーンに全てが詰まっている。二人はビートルズを利用して金を稼ぐことを避難しなかった上に、"ビートルズが居ない世界は退屈よ。世界に歌を伝えてくれてありがとう。上手に使ってね"と言うのだ。世界中の誰とでも繋がることの出来る、同じ時間をシェアすることの出来る音楽の懐の深さを示すと同時に、無意識にジャックが行っていた"世界に知られていない名曲を共有すること"を指摘している。映画にもそれが言えて、我々映画ファンに求められているのも同じことなのかもしれない。"映画はファンが取り上げ続けないと忘れ去られてしまう"という格言のごとく、作中のビートルズ以上に知られていない傑作などごまんとあるだろう。それを共有していこうというのがダニー・ボイルの伝えたかったことだろう。

翻って、ジャックはエリーに対して煮え切らない態度を取り続ける。そして、ジャックが世界中に"共有"されるようになって、エリーも未練たらたらながら新しい男を捕まえる。これまで独占していたエリーを図らずも共有することになったことで、エリーの重要性に気付くのだ。シェア出来るものと出来ないもの、したいものとしたくないもの。その線引きがあやふやになっていく中、ダニー・ボイルは改めて線を引いたのだ。

そして、最終的なジャックの決断はビートルズの存在をばらして、自由になることだった。嘘をつき続けて、自分を騙し続けて金儲けをし続けるよりも、金にはならないかもしれないが愛を選ぶ。只管な金儲けよりも自分のやりたいことを選ぶ。ダニー・ボイルはビートルズを使って『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』を作ってしまったのだ!これは、ダニー・ボイルの心中吐露と見て差し支えないだろう。彼も金儲けのための映画ではなく、他人の評価も気にしない自由な映画が作りたいんだ。

さて、ここまで読んでくれた方は気が付くだろう。ビートルズは特に関係ないのだ。それは映画の中で一曲として歌い切る曲がないことからも分かるだろう。勿論、ビートルズは小ネタとして楽しめる部分も多く、知っていて損はないし知らなくても楽しめるようになっているが、根本的にはビートルズである必要性はない。だからといって魅力が損なわれるわけではないし、ジョン・レノン(78歳)が登場するというサプライズもあるが、小ネタの数々は"愛されているからこそのイジリ"の域を出ないのが残念でならない。個人的には"Hey Dude"が言いたかっただけだと思っている。あと、驚いたのは"歌詞全然違えじゃん"と指摘されて笑い話になるとこ。そうなればビートルズ上にジャックが乗っかってるはずなのに、"サマーソング"との違いはなんなのか。メロディってこと?じゃあビートルズのメロディならそれっぽい歌詞で大丈夫ってことなのか?このへんは気になるとこ。

最後に、リリー・ジェームズは相変わらず可愛すぎる。あんなおっぱい前に出されちゃったら、ロッキーの言う通り一日二回は獣のように◯ってるというのも納得。私もリリー・ジェームズが幼馴染になってる世界に行きたいのでバスに轢かれるとするか。あ、私自転車乗れないんだった。