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イエスタデイのkomoのレビュー・感想・評価

イエスタデイ(2019年製作の映画)
4.4
アルバイトをしながらシンガーを志すジャック(ヒメーシュ・パテル)は、幼馴染みのエリー(リリー・ジェームズ)に支えられながらヒットを夢見ているが鳴かず飛ばず。音楽活動を辞めようと思ったその時、交通事故に遭ってしまう。そして奇妙なことに彼が車に飛ばされた瞬間、世界中で瞬間的な停電が起こっていた。
やがて怪我が治ったジャックは、エリーや友人達の前で久しぶりに歌を披露する。その曲はビートルズの『イエスタデイ』。それを聴いたエリー達は、「いつの間にそんな曲を作ったの?いい曲ね」と絶賛。なんとジャックが事故にあったあの日、世界からビートルズの音楽が消えてしまっていたのだ。
ジャックはビートルズの楽曲をコピーし、自分の作った曲としてデビューすることを思い付く。


まずごめんなさい、私はビートルズにさほど明るくありません。しかし監督がダニー・ボイル、脚本がリチャード・カーティス、そしてリリー・ジェームズがヒロインとあってとても楽しみでした。
公開初日に観る予定でしたが、台風19号から避難しなければならなかったため1週間後に。
結局私の地域は何の被害もなかったのですが、皆様は大丈夫でしたでしょうか?
被災された地域の復興をお祈りしております。


映画本編は期待通りとても洗練された作りで、主演のヒメーシュ・パテルの豊かな歌声で名曲の数々を聴くことができ、至福の時間となりました。
主役はかなり厳しいオーディションだったそうですが、歌、ピアノ、ギターができ、なおかつ『それらの表現が大げさでない人物』ということでヒメーシュが選ばれたそうです。
インド系イギリス人というキャスティングが意外でしたが、ヒメーシュのワイルドかつ包容力のある歌い方に惹きつけられ、すぐに馴染むことができました。
それと、彼が「ジョン、ポール、ジョージ、リンゴ」とメンバーの名前を連ねて呟く声がリスペクトに溢れていてとても好きです。

ジャックの幼馴染み兼マネージャー、エリーを演じるリリーはやっぱり最初から最後まで可愛かった!カールした前髪やフェミニンなファッションがとてもキュートです。『マンマ・ミーア!ヒアウィーゴー』ではABBAの楽曲を美しくカバーしていたリリーは、もうすっかり現代の音楽映画の台頭ですね。
今回彼女が歌唱で参加している曲は『I want hold your hand』。ジャックと共にスタジオで楽しそうに歌うシークエンスが愉快です。

そしてカメオ出演のエド・シーラン!
本作でジャックが本格的にブレイクするきっかけとなったのは、他ならぬエド•シーランに聞き初められたことがきっかけです。
この役、当初からエド・シーランの経歴&人物像を下敷きに作られたキャラクターなのですが、最初のオファーはコールドプレイのクリス・マーティンに行ったそう。
クリスに断られたことで、最終的にモデルのエド・シーラン自身が役を演じました。
ちょっと複雑な感情になってもおかしくない経緯なのに、このなりゆきを面白おかしく語るシーラン(「最初はクリスにオファーしたくせに!(笑)」みたいな感じ)。
リアルでも劇中でも軽快なお人柄で、まさに全盛期のビートルズメンバーが記者からの質問に気持ちの良いウィットで返答していた姿を彷彿とさせました。
劇中でジャックに立場を譲るシーンは涙ものです。リアルアーティストが本当によくこの役を引き受けたなぁと思いました。

シナリオテーマに関しては、『普通と特別の紙一重』を巧妙に描いている物語だと感じました。
主人公ジャックは当初から高い歌唱力や演奏能力があるものの、ビートルズ楽曲でデビューする以前は『平凡』な存在でした。

対するビートルズは、全世界にその名の知れた非凡で偉大なるアーティストですが、楽曲発表後の年月、そして彼らを支持する人々からの愛を経て、彼らの音楽は『普遍性』へと変わってゆきました。
もちろん彼らのファンの中にはコンサートで卒倒するほど熱狂的な人が多かったことも知られていますが、現代においては普遍的な音楽として、人々の生活や人生の中に当たり前に存在しています。
『平凡』なジャックが、彼にとって昔からずっと馴染んでいた『当たり前』な音楽で『特別な存在になる』。とても奇妙で面白いロジックです。
また、ポスターにもなっている『横断歩道』の風景は、『平凡な生活』の象徴として、華々しいステージとの対比になっているように思います。

そして、『平凡』というのがいかに難しいものであるかというのも学ばされました。
他人の音楽でヒットしたことに後ろめたさを感じているジャック。
しかし『嘘を吐いてはいけない』というのは、『非凡』な人生を送る場合に限らず、『平凡』な人生を送る上でもそうなのです。何かを偽って手に入れた人生は、当たり前の人生ではないのだから。
ジャックのマネージャー・エリーは幼馴染みであり、長年ずっと当たり前のように側にいてくれた人。
それを平凡と取るか、愛すべき特別なものと取るか。またそれを別の特別のもの(=音楽の栄光)と天秤にかけた時にどうなるか。
シンプルだけれど深いテーマを、ビートルズのリリカルな歌詞と共に深く考えさせられました。

楽曲の中で最もジャックにシンクロしていると思ったのは『Help!』。
嘘を吐いている自分や、人々からの熱狂や、エリーへの愛情の中で揺れるジャックの心境の代弁として、見事に機能していました。キャッチーなメロディーでありながら救済を欲しているこの曲。本家以上に力強いシャウトで歌うジャックが印象的でした。

そして後半で訪れる、とある感動的なシーン。他の方がレビューで『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に近いものを感じるとおっしゃっていたことに大いに納得です!
『彼』は世界中の栄光ですが、平凡な人生であったならあんな目に遭わなかったんだな…と思うと切なくなります。

そしてこの映画の最も素晴らしいところは、『ビートルズの曲は現代でもヒットする』という揺るぎない前提があるところです。しかも歌い手の容姿も異なるし、4人組ではなく単独アーティスト。
もちろん彼らの当時の容姿や演出も人気の要素ではあったと思うのですが、見かけを抜きにしても楽曲がとことん評価されるというのが、ビートルズという音楽家への最大の賛歌になっていると思いました。

また、パンフレットでヒメーシュやリリーへのインタビューを読んだところ、お二人にとってもビートルズ音楽は幼い頃から側にある存在のようで、そのエピソードで胸が温まりました。私はお二人と同世代ですが、やはりイギリス人にとってビートルズは特に身近なんだろうなあ。
ダニー・ボイルとリチャード・カーティスは、それはそれはガチのビートルズファンなので、お二人の情熱によってこれだけ素晴らしい映画が生まれたのも納得ですし、ボヘミアンラプソディと同じくご存命のメンバーお墨付きの映画なのも安心できます。
また、使用楽曲や流れる順番もカーティスの深いこだわりによって吟味されています。ここまで粋な構成を組み立てるのは制作者自身がファンでないと難しいでしょう。
ウェンブリースタジアムのシーンはボヘミアンラプソディとはまた違った趣きがありました。併せて楽しむと爽快ですね♪
私もビートルズのリアルタイム世代に生まれてあの熱狂を味わいたかった…なんて思うこともありますが、この映画をリアルタイムで楽しめたので幸せです。
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