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フリーソロのumisodachiのレビュー・感想・評価

フリーソロ(2018年製作の映画)
4.0
安全装置を一切使わずに崖を上るフリーソロに挑戦し続けるクライマー、アレックス・オノルドに密着したドキュメンタリー。彼の長年の夢だった巨岩エル・キャピタンにチャレンジするまでを映し出している。

本作は、フリーソロの尋常ではない緊張感と同時に、アレックスの家族や友人、恋人との関係も丁寧に追っている。小さい頃から1人が好きで達成感を味わうことが少なかったアレックスは、クライミングにハマっていった。フリーソロに挑んでいるときに生きる実感を得るアレックスにとって、他のことはすべて【そのための準備】でしかない。恋人はおろか、死ですらフリーソロで得られるものに比べたら明確に価値が劣るのだ。

話は飛ぶが、『Dr.スランプ』(アラレちゃん)に出てくるオートバイ小僧というキャラをご存知だろうか?オートバイ小僧は、オートバイに乗っていないと死んでしまう奇病にかかっているので、決してオートバイから降りることができない。オートバイ小僧にとって、生きること=オートバイに乗ってることなのだ。アレックスも、フリーソロにトライしつづけないと生きていけない病気にかかっているようなものなのかもしれない。

どこか他人事のような、なんだか暗いようなアレックスの言葉はすべて興味深いのだが、特に面白いのは恋人との会話だろう。アレックスは、決して嘘をつかない。ごまかすことはあっても、本心と異なることは言わない。恋人としてはどうしてもアレックスの無事を祈ってしまうし。なんならフリーソロを止めてほしいくらいなわけだが、フリーソロを行わないアレックスはもはやアレックスではないわけで。彼女の葛藤は計り知れない。ただでさえ、付き合っていることでアレックスの足を引っ張っている部分もあるし(アレックスもそのことを否定しないし)。

また、本作はアレックスをカメラで撮影することで作られているのだが、「アレックスを被写体にする」ということ自体の葛藤も描かれていた。彼が滑落したら撮影を続けるのか?という倫理的なポイントに加えて、友人だから単純に恐怖心を抱いてしまうという問題もある。アレックス自身が「撮られること」によって集中力を削がれてしまうのも避けねばならない。カメラが抱えるジレンマを描いていたのは新しいなと思った。

『さらば愛しきアウトロー』の主人公も、強盗や脱獄をしないと死んでしまうタイプの狂気を持っていた。アレックスももちろんクレイジーだ。途中、脳をスキャンして調べるシーンで、案の定普通ではない要素が出てきたのには笑った。アレックスは、かなりの強さの刺激を受けないと、刺激を刺激と感知できないらしい。アレックスの受け答えがずーっと同じテンションなのも頷ける気がする。性格もあるのだろうが、喜怒哀楽が読みづらいタイプで、感情が伝わりづらいのだ。

そして、なんといっても圧巻なのはラスト20分。エル・キャピタンを上るアレックスの姿は驚異以外のなにものでもない。表情にも注目を。高所恐怖症でなければ、ぜひスクリーンで目撃してほしい。

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