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ラストナイト・イン・ソーホーのBeSiのレビュー・感想・評価

5.0
ゲオで3日間だけ新作100円祭りだってよ。無論、ゲオに直行しましたよね。今月末にアマプラで見放題独占配信開始されるのは知っていましたが我慢ならず、借りました。BluRayディスクが店頭に1枚しか無くてビックリ。まだ残ってたから良かった〜。そんでもって夜中の1時に鑑賞。比類無き天才、エドガー・ライトの世界観に圧倒され続けた2時間でした。以下レビュー。

ロンドンのソーホー地区。ファッションデザイナーを夢見るエロイーズは、アパートでの1人暮らしを始める。あるとき新居で眠りに着くと、夢の中で60年代のソーホーにタイムスリップしてしまう。そこで魅惑的な女性に出会う彼女だが、やがてその女性にまつわる殺人事件に巻き込まれる。



①映画愛、音楽愛
エドガーの作る映画には、彼の愛が詰まっているのが常だと感じます。証拠として(?)それらの演出に毎回感化される自分がいます。「サスペリア」「赤い影」「反撥」「007」などなど。60年代の名作の数々のオマージュ。ピーター&ゴードン「愛なき世界」をはじめとする60年代ポップス。彼の作る映画は、オマージュやリスペクト無しでは極限まで良くなりません。本当に好き。序盤のエロイーズが列車の窓から外を眺めるカットや、彼女が寮生活を送る寮の廊下を映したカットには、60年代の映画を意識している部分がありました。被写体はしっかりと画角に収めつつ、真正面から撮影したり、固定された画角でありながら奥行きを出したり。これらは古典映画の特徴のひとつです。古典映画を意識した、粗めで暖かい淡白な画質が、アニャとトーマシンの唯一無二の存在感を際立たせているのは言うまでもないですが、映画全体も美しくドラマチックな雰囲気が漂っています。そして、音楽も本作を語るうえでは欠かせません。ピーター&ゴードン、ザ・フー、シラ・ブラック......ネオンカラーが彩るロンドン市街に響く音楽は、観る人をタイムスリップさせてしまいそうな魅力を放っています。アニャの歌う「愛なき世界」が最高に良いので聴け。

②「007」大好きエドガーくん
彼自身、007シリーズの監督を熱望していることもあり、本作に007愛が溢れています。エロイーズが初めて迷い込んだ60年代のロンドンで目にした広告は「サンダーボール作戦」のポスター。パブで彼女が注文するお酒は、シリーズを通してボンドが愛飲しているとされるヴェスパー。また、パブのオーナーを演じているのは「ゴールドフィンガー」のボンドガールを演じたマーガレット。エロイーズの生活拠点となる家のオーナーは「女王陛下の007」でボンドの花嫁を演じたダイアナ。マットが演じる男ジャックは、男性至上主義的と評価された初期の007ジェームズ・ボンドの人間像を反映させたような人物ですね(怖すぎだろ......)。エドガーが新たなる007のシンボルの誕生と共にメガホンを取る日も遠くないか??

③極限まで追求されたリアリティ
ジェームズ・ガンも、エドガー・ライトも、リアリティを追求することには変わりない。予告編でもあった、広場でダンスをするサンディとエロイーズの場面。何度も入れ替わる映像はどうやって撮影しているのか......特殊なVFX技術は何も使ってない。これには驚かされました。アニャとトーマシンはマットを中心として交互に床の上を泳ぐように動き回り、カメラマンは腰にカメラを抱えながらワンカット撮影。また、本作の肝とされる鏡の演出もリアルにこだわっています。別々に撮影した映像を合わせるといったことはせず、アニャとトーマシンがお互いの動きを合わせる練習を重ねた末、何も違和感の無いシークエンスが生まれたのです。全部が鳥肌モン......。

・ホールでダンスをするシーンの裏側
https://youtu.be/NcwSm9A7n5Q

④ジャンル分けできない映画
分類するとしたら、ホラーなのかスリラーなのかサスペンスなのかドラマなのか。迷ってしまうほどに全てが上質。強いて言えばサスペンス色が強いのかな。「ホット・ファズ」をも超える衝撃です。(近々レビュー書きます)

⑤根底にある奥深いテーマ
僕が本作を観て感じたのは、エドガーらしくない社会派の作品であるということです。(別に馬鹿にしてるわけじゃないよ!!🥺)エロイーズがサンディの半生を目にした時、感じたことはなんでしょう。ネオンカラーに彩られた華やかな街、ソーホー。その裏に隠されていたのは、性的搾取や女性蔑視の闇深い実態でした。20世紀中のソーホーは、性風俗店や映画産業施設が並ぶ歓楽街として栄えた長い歴史があります。1980年代初頭以降から今に至っては、高級レストランやメディア関連企業が立ち並ぶファッション街へと大きく変貌して、性産業の店舗はそのほとんどがソーホーから姿を消しました。エロイーズはおろか、彼女と同じ 異邦人である人々は、そんなソーホーの見るに堪えない闇の存在など知る由もありません。良くも悪くも歴史の名残が多少ある現在のソーホーで暮らすエロイーズの境遇は、のちに彼女が目にするサンディの境遇及びソーホーの闇の伏線になっていたんですね。

また、本作の最後にエロイーズが下した判断は賛否両論となりました。サンディの夢や希望を奪ってまで歩み寄り、結果的にその報復を受けた男たち。そんな彼らにエロイーズが与えたものは、彼女は彼らに "ジャックをはじめとする人間は、罰を得るべきであり、赦しは得るべきでない" という想いだけ。サンディを性的に搾取したことは、彼女からの報復、罰を受けるにしては相当なことであり、彼女にとって許し難いことでした。だからこそエロイーズは、ジャックたちではなくサンディを救う決意をしたんですね。彼女がこのように決断をしたことには十分な価値があるし、別に間違いなんて無いと思います。ラストで2人が鏡を隔てて目配せする場面でも、エロイーズの "これからは、自分自身がソーホーに渦巻く闇" を伝える" という決意のようなものが伺えて、監督であるエドガーの強いメッセージ性を感じました。



らしいと言えばらしい。らしくないと言えばらしくない。エドガー・ライト監督の新天地が垣間見えた、独創性のある斬新な作品でした。眼福必至の傑作。益々彼の虜になりそうです。ベイビードライバー1回も観てない奴が何言ってんのって話なんですけど。
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