主戦場の作品情報・感想・評価

上映館(4館)

主戦場2018年製作の映画)

SHUSENJO: The Main Battleground of The Comfort Women Issue

上映日:2019年04月20日

製作国:

上映時間:122分

「主戦場」に投稿された感想・評価

takenaca

takenacaの感想・評価

3.4
レビューというより感想。

映画の魅力というより、映画から受けたメッセージとして、スコアが上がった。
否定している史実が立証されたときに、ナショナリストとしてのアイデンティティが崩れてしまう、という話はなんとも情けない。それほどに、自分の芯のよりどころとして据えるには、今の日本はあまりにもろすぎる。
渋谷のシアター・イメージフォーラムで
ずっと見たかった「主戦場」を鑑賞。
もう観ていて気持ち悪くて仕方なかった。ホラー映画よりもホラーしている。
日系アメリカ人、ミキ・テザキ監督が日本のネトウヨとのやり取りに憤慨して、逆に関心を持った、という動機が丁寧に(意地悪に)語られる。

そしてアメリカに慰安婦像まで建てるのはやり過ぎではないか?というところからミキ氏は各章に分けて検証して炙り出されるのは「日本の右派」=「歴史修正主義者と呼ばれる人々」の思考や思想と、「左派=リベラル=人権派」とのそもそも「人間の尊厳」の認識の違い。
観ていて途中で吐き気がしてくる。

日本という国家、民族の歴史において、我々「日本人」が認識している「日本人らしさ」がいかにニュアンス的で、少なくともアメリカやヨーロッパ、その他のアジア諸国とも異なる「近代」を生き、少なくとも「性差別」「女性への尊厳の考え方」はたまた「イデオロギー」や「文化教育への認識」などが「異質」であり前提の違う思考であるということ。

少なくとも僕にとって、世界の中の日本、と日本独特の価値観の乖離や、惑わされている「日本人らしさ」の不気味さはとにかく衝撃的だった。
日韓の国家的対立ではなく、シンプルな人権に関する問題だ、というこの一点から、現代の日本の危うい足元を映し出していく。

現代を生きる、生きづらさ、そしてこれからやってくる更なる生きづらさを見極める上でも必見だと思う。
JTa93E

JTa93Eの感想・評価

3.5
久々に情報量の多さで、字幕に疲れた。
左か右かは問わず、政治思想が極端に傾倒してる人はこんなにも怖く映るのか。


ホロコーストが題材の「否定と肯定」を思い出したけど、劇映画とドキュメンタリーという違い以上に生まれ育った国が渦中にあるから心がざわついた。マイケル・ムーアの作品なんかは普通に観れたんやけど、やっぱ日本となるとね。。

物事に関して100%で肯定する事も否定する事も出来ないと個人的には思うので、
歴史修正主義者のより正確な100%に近づける為に疑問を持つ姿勢は分からんでもない。

ただ、両論併記ではなくぶつけ合わせようとする監督の意図があるから、右の人達に対して感心する事は映画が進むにつれてなくなった。
そもそも肯定する事よりも否定する事の方が難しいってのはあるけど、
後半の主要人物が引くほど危ねぇから。


全て鵜呑みにはしないけど日本人、
観といた方がいい。

なんか感想を外になげる事すら怖いわ。
のん

のんの感想・評価

4.6
この国の真の敵

わたしがネトウヨとか自称愛国保守とかが大嫌いなのは、「普通の日本人」が「日本の誇りを取り戻す」などとのたまいながら、一方で差別的な扇動を繰り返して日本の誇りを著しく傷つけているその矛盾に耐えられないからだ。


映画『主戦場』は慰安婦問題を題材に、そんな自称愛国者たちの詐欺的主張を徹底的に白日の下に晒す超絶怒涛のドキュメンタリーだ。


ケント・ギルバートや杉田水脈先生は、映画の内容を知って大激怒だったらしいが、むしろ感謝すべきだろう。誇張でもなんでもなく彼らが普段主張している内容をこの映画は「正しく」切り取っているからだ。



歴史修正主義あるいは否定論者と呼ばれる人々が、いかに過去の認識を歪めていくのか、その方法についても映画では詳しく述べられている。


慰安婦の問題を例にとれば、主張の一貫性のなさや、数字などの矛盾点を突破口に、歴史の当事者を侮辱し、そして過去を「なかった」かのように振る舞うのだ。


こうした彼らの異様な執着は国を飛び越えてサンフランシスコの議会で「恥を知れ」とまで言われる始末だが、この原動力はどこに起因するのか、その背景にあるものを映画は追いかけていく。


日本会議というカルトど真ん中の集団をハブにして、色んなものが繋がっていく様子をテンポよく編集した映画の構成が見事で、これを見れば、この国が戦うべき相手は自ずと見えてくるだろう。


真の敵は韓国でも反日勢力でもない、歴史を歪曲し、忘却し、そして戦前へと回帰しようとする愛国者カルトと歴史修正主義者だ。そして、この戦いは現在進行形で続いている。
武藤

武藤の感想・評価

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「ブラッドハーレーの馬車」を思い出した。
かお

かおの感想・評価

3.6
情報量が多かった
慰安婦のこと聞かれて笑いながら分からないですと言う日本人留学生?旅行者?と度々映る慰安婦像の瞳が印象的
P1島

P1島の感想・評価

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慰安婦問題を極めて多角的に、かつ丁寧に扱った大変に優れた作品。
重要な争点とそれぞれの立場からの主張を全部整理整頓した上で詰め込んでくれてるから、自分のように無知な人間でも全体像が掴みやすい(その分追わなきゃいけない情報の量が多くなって疲れるけど…)。

慰安婦問題を複雑化させ、日韓の認識のズレを生み出している根源的要因は「言葉が持つイメージ」にあるように思えた。
「強制連行」とは縄で縛り上げ、無理矢理トラックに押し込んで誘拐することではないのか?
「性奴隷」とは24時間365日鎖でベッドに繋がれ、男の相手をする以外は何もできない状態にあることではないのか?

違う。これらは「言葉の持つイメージ」によって作られた限定的な「思い込み」に過ぎない。
たとえ縄で縛っていなくても嘘偽りの言葉で騙して連れて行くことだって「強制連行」だし、鎖で繋がれていなくても本人の自由意志によって身体を提供していないのなら「性奴隷」だ。

そもそも監督のミキ・デザキ氏がこの映画を作ることになったきっかけは、ユーチューバーとして活動していた時に投稿した、現代の日本国内に存在する差別意識について語った動画に、多数の日本人から「日本に差別は存在しない!」という強い反発のコメントが付き、「炎上」状態になったことだ。
この「今の日本に差別は存在しない」という認識の裏にあるのもやはり、「言葉の持つイメージ」だ。

「差別」とは同性愛者や移民を取り囲んで殴ったり、レストランから追い出したりすることではないのか?

違う。人を見るときに、そこに一人の人間を見ようとせずに肌の色や国籍、出自といった表面的な「属性」に還元し、そして結果的にその人を自分が「属性」に対して持つ思い込み・偏見の中に勝手に当てはめてしまうこともまた「差別」だ。

だからオコエ瑠偉選手をサバンナの野獣に喩えたスポーツ報知の記事や、大坂なおみ選手の肌の色を白くした日清のCMは、現代日本における「差別」の例と言える。
有名なスポーツ選手でなくとも、ハーフ、バイレイシャルなら一度くらいは周りから偏見の眼差しを向けられ、嫌な思いをした経験はあるだろう(自分自身がそうだった)。そして、そうした眼差しを向けてくる人々は、多くの場合は悪気があったり、差別意識があったりするわけではない。
スポーツ報知の記者はオコエ瑠偉選手を褒めるつもりで記事を書いたのだろうし、日清のCMディレクターは大坂なおみ選手を"美しく"描きたくて白くしたのだろう。
しかし、悪意がなくとも偏見は偏見だし、差別は差別だ。それを忘れてはいけない。


慰安婦の人数や慰安所の数といった「数字の問題」は、多くの一次資料が失われていることから完全な決着はつきそうにない。
それでも、「言葉の問題」については、人々ができるだけ偏見を捨て、広い視野に立つことさえできれば解決可能なはずだと思う。
理想論だとは理解しつつも、そういう世の中になることを願わずにはいられない。
メメ子

メメ子の感想・評価

4.5
1984だろうかフィクションだろうか、そんなことはなく、今日本と韓国で起きている問題の根幹とそれに対する権力の対応である。扱っている内容が内容だが、公平に全方位に取材して客観的に描いていると思う。無知と偏見がどれだけ滑稽かがよくわかる作品。
この作品で描かれている戦場が先日の芸術祭や現在の日韓関係など、次のステージへ現在進行形で進んでしまっていることもまた事実である。
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