CHEBUNBUN

ミッドサマーのCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

ミッドサマー(2019年製作の映画)
4.0
【無窮なるイニシエーション】
世界を熱狂と絶望に陥れた2010年最強の善悪の彼岸系監督アリ・アスター。彼は『ヘレディタリー/継承』の成功を武器に、彼の映画史映画を創り上げた。今回、米国iTunesで幻の2時間50分ディレクターズカットを観ることに成功したのでリポートしていく。

この作品は一風変わったホラーのような雰囲気を醸し出しているのだが、ホラー映画あるあるをギッチリと詰め合わせ恐怖を増幅させていく極めて理論的な映画である。

例えば、前半30分は戦慄の舞台に行くまでのプロセスをじっくりじっくりと積み上げて行く。喪失による現実逃避、男女バランスよく配合された役者集め。おっと忘れてはいけない、黒人の存在も必要だ。アヴァンタイトルから肩透かし気味の驚かせかたも入れる。ただ、低レベルなホラーほどやらかしがちな、焦らし&飛びかかりは決して使わない。闇にも頼ることはしない。そして、儀式の会場では安心からの墜落というプロセスを描く。ジェットコースターのように、じっくりギギギッギギギッとコースターは昇っていき、今か今かと堕ちる瞬間を焦らし、一気に奈落に突き落とすのです。

そして、理論的にホラー映画の骨格を積み上げた上で、アリ・アスターは自分の理論を発表する。ホラー映画研究者としての批判的眼差しを向けるのです。それは二つ用意されている。

1つ目は闇の中での恐怖表現だ。
ホラー映画は基本的に暗いところで怖いことが起こる。それはなんなんだろうか?それは暗闇に蠢く得体の知れない恐怖に人間本来の怯えが呼び覚まされるからであろう。人類は、動物の恐怖から身を守るために《灯》を発明し、それが電気に変わっていった。闇が怖いのです。だからなかなか明るい空間で恐怖を描いた作品は少ない。

しかし存在することには存在する。『ザ・チャイルド』や『荒野の千鳥足』がそれに該当する。これらの作品に共通するところは、得体の知れない恐怖を明るい空間で描いているのだ。アリ・アスターは恐怖の本質を掴んだのであろう。とことん明るい空間で、得体の知れない儀式、全く訳が判らない行動に揉まれていく人を描くことで、背筋がゾッとする恐怖を描こうとした。そして、その試みは見事に成功したと言える。

2つ目はホラー映画における《儀式》
1つ目の成功に導くキーとなるのがまさしく《儀式》にあります。本作は上映時間2時間50分のうち2時間20分は延々と儀式をしているのです。それもよく判らない、でも魔術的力を感じる儀式を。ホラー映画において、映画を盛り上げる要素に《儀式》が登場するのだが、通常は強調したい箇所にポイントとして置くだけで飾りとしての機能以上の働きはなかなか与えられない。アリ・アスターは映画の殆どを儀式に変え、その儀式の渦に登場人物を投げ込むことで、得体の知れない恐怖を最大限にまで引き上げることに成功した。この発明は2010年代ホラー映画最大の発明と言えよう。

というわけで、噂に偽りなく2019年最大の問題作であり超絶面白い作品であることは間違い無いのだがいくつか残念なところがあったのでベストテンには入りません。

1つ目は、現地人のスウェーデン語が丁寧にも英語字幕が設けられていたこと。旅行者が、全く判らない言語に直面し、見えているようで何も見えていない恐怖を描いている作品にも拘わらず、その現地人の言葉を訳すとは映画の意図に反することをやっているなと感じ興ざめしました。これは日本公開する際、配給会社さんはよく考えて字幕をつけてほしい。

2つ目は、これはブンブンが悪い。パソコンなんて小さい画面で観ては迫力が半減してしまうところ。できれば、森の映画祭なんかで真昼間から野外上映をし、見知らぬ人に囲まれながら爆音で観たかった。

というわけで、日本公開する際は積極的に応援していこうと思います。