ヨーク

ミッドサマーのヨークのレビュー・感想・評価

ミッドサマー(2019年製作の映画)
3.7
感想文を書こうと本作のことを考えても何だか頭の中で二転三転してしまってうまくまとまらないそんな『ミッドサマー』でした。まぁざっくり言うと面白かったは面白かったが、これ大好き! てなって他人に勧めたくなるような作品ではなかった。テンション的には鼻ほじりながら、まぁ面白いんじゃないの~、という消極的面白かった作品ですね。基本小賢しい映画だと思うし、あと若い女性層にウケているという話を聞いて何か複雑な気分になったり。はい前置き終わり。
さて、恐怖というものには二種類の恐怖があると思う。よく言われていることなので勿体ぶらずに書くが、見える恐怖と見えない恐怖、既知の恐怖と未知の恐怖と言い換えてもいいだろう。お化けなんかは代表的な見えない恐怖であり未知の恐怖だ。一方、ドスや拳銃を持ったヤクザは見える恐怖であり既知の恐怖だ。本作『ミッドサマー』は明らかに後者の見える恐怖に類するホラー映画だろう。だって明らかにヤバイもんあの村。一日目が終わる時点で、こいつ等完全にイカれてるからさっさと帰らなきゃ、てなりますよあんなの。予告編でも「明るいことがおそろしい」と推しまくってたけどそれは別に映像の明度のことだけではなくあの村が所謂カルト集団としてもこれ以上ないくらい分かりやすいので、ハッキリくっきりと認識できる他者として恐ろしいのだと思いますね、俺は。この映画で面白いのは、ではなぜそんなハッキリとヤバイ奴らだと分かる集団から逃げ出さないのかというところで、ここは脚本が上手いなぁと思ったんだけれど本作の主要キャラたちがスウェーデンの山奥の村に行く理由は人類学を専攻している学生たちが卒論だか何かの論文を書くための取材旅行なんですよ。だからその対象がヤバイ奴らであればあるほど興味を惹かれるという一種の非常に知的レベルの高い怖いもの見たさが作用したのではないかと思う。物語を成立させるうえでの設定的な部分だけれどこれは素直に上手くて、主人公たちが尻尾をまいて退散しない理由付けとして納得できますよ。そういう知的好奇心とか探求心が強いが故に明らかに見えてる地雷原に突っ込んでいってしまうという怖さが本作のベースだとは思いますね。
だがその中でも異彩を放つのは主役であるダニーという女性で彼女も心理学を専攻している学生なのでスラッシャー系のホラーなんかでテントでセックスしながら殺されるような若者と比べたら大分知的レベルの高い人間なのですが、彼女は別に人類学やら民俗学には興味はないのでスウェーデンの山奥の奇祭とかは基本的にどうでもいい。ではなぜ彼女は明らかにヤバイその村から逃げ出さなかったのか。多分それは共感してもらえたからではないだろうか。その共感が本物なのか偽りなのかはともかく、少なくともダニーは怪しいカルト集団にしか見えない村だがそれが自分自身に共感して受け入れてくれたと感じ、そこに居心地の良さを感じてしまったのではないかと思う。
そもそも映画の冒頭でダニーは精神を病んだ妹が両親と共に一家心中してしまい、その妹が自殺するほど何かに苦しんでいたことに気付けなかったと自責の念を感じていたのだ。そしてそのことがあった後は恋人に対しても「アナタのことを理解したい」と執拗に迫るようになる。自分の無理解で家族を失った(と本人は思い込んでる)女性が異様に他人を理解することに執念を燃やすようになったら、旅先の村でそんな自分自身を理解してくれる(と本人は思い込んでる)集団に出会ったわけだ。共感というのは非常に甘く狡猾な罠なのだろう。
そんな方向性でね、この感想文も人間同士の相互理解の困難さゆえのそこから来る共感を餌にしたカルトの恐ろしさみたいなことを書こうと思ったんだけれど、というか書いたけど、そんなの全然つまんないですよね。いやつまんないっていうか映画は面白かったんだけれどありきたりというか、そんなの映画の中でも現実でもめちゃくちゃ溢れてることじゃん。なんか異様な10年に一本級のカルト映画みたいな持ち上げられ方してたけどそんな映画山ほどあるよって思うよ。何だったら連合赤軍的な社会からはみ出た集団を舞台装置として似たような物語は作れると思う。そういう意味では本作は本当にありふれた大したことない映画なんですよ。
でもアリ・アスターが非常に巧いのはそんな大したことのない映画の中にもさも意味がありそうな描写を配置していることだと思う。アホみたいな殺人カルトの集団だけれど彼らの儀式が何百年も続く秘儀のように見えてしまう演出をするんですね。そんなことないのに映画のそこかしこに散りばめられた伏線も凄く意味深なものに見えてくるそういう雰囲気作りは非常に巧いと思う。この映画を観て俺はかつて『新世紀エヴァンゲリオン』に対して「あんな作品は空虚で空っぽなものだ」と言った当時のまともな大人たちの気持ちが分かりましたよ。エヴァもコアとなる庵野秀明の私小説といった部分以外は借り物の張り子だった。『ミッドサマー』だって単に村ホラーをやりたかっただけでそこには深読みするようなテーマとか崇高な理念とかは何もないと思いますよ。本来ならこんな映画は一部の好事家だけが楽しんで2週間くらいで上映が終わる作品なんだと思う。アリ・アスターを深く知ればエヴァにおける庵野の私小説的な部分が見えてきて面白いのかもだけど、今劇場で本作を観てわーきゃー言ってる客がそこまでこの映画を読み解こうとしてるようにも見えないんですよね。
正直にいうとまず第一に本作がウケたのは宣伝が上手かっただけだろうと思う。実際あの予告編めっちゃ面白そうだもん。真っ青な空と真っ白な衣装とその衣装を彩る花々とかおよそホラー映画に見えないのにホラーだって言うんだもんね。さらに言うとその女性ウケしそうなビジュアルに加えて映画の内容もまた上述したように共感を軸にしたものなので、若い女性層にウケているのだと思う。ちなみに俺が観た回では7割くらいは女性客でしたね。でもそれって最初に書いたように複雑な気持ちですよ。この映画に夢中になる人がそれだけいるってことは新興宗教的なカルト集団にころっとやられてしまいそうな人もそれだけいるってことだと思うから。なんだろうな、みんなそんなに自分に共感して受け入れてくれる他者が欲しいのだろうか。まぁ欲しいんだろうな。
そういえばネットミーム的なもので「出た…ダークナイト」というのがあってあれはダークナイトを推す男は女性の価値観から外れた面倒な男だといったような文脈のものだと思うんですが、俺は今後『ミッドサマー』が一番好きな映画とか言う女がいたら必要以上に共感を求める面倒な女として「出た…ミッドサマー」と思うだろう…と書きながら俺には一緒に映画の話をする異性などいないことに気付きました。それでいいんだ…そこで寂しいからって安易に自分を受け入れてくれるものに依存したらこの映画みたいになるんだ…。
あぁでも本作のゴア表現は割と素直に好きですね。あとセックスシーンでケツを支えるのとか唐突に入れてくるのは完全にギャグだろう。うん、やっぱしょうもないけど笑えるホラーくらいのポジションですよ。俺の中では。そういう映画としては面白かった。
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