Tラモーン

82年生まれ、キム・ジヨンのTラモーンのレビュー・感想・評価

82年生まれ、キム・ジヨン(2019年製作の映画)
4.5
自分を失ってしまった1人の女性がもう一度自分を見つけて、自分を愛して、もう一度歩き始めるまでを赤裸々に残酷に美しく描いた作品。

名作だこれは。映画館で観ておけばよかった。でも苦し過ぎてもう1回観られるかはわからない。


キム・ジヨン(チョン・ユミ)は夫と2歳の娘と暮らす30代の専業主婦。以前は広告会社で働いていたが、妊娠と出産を機に退職し専業主婦となった。金銭面で生活に苦労はなかったが、家事と育児に追われ、前時代的な義母からの圧力や、専業主婦に対する世間の冷たい目に晒され続けた彼女の心は確実に壊れ始めていた。

辛すぎる。ここまで世の女性が苦しんでいるのかと胸が締め付けられた。男性基準でつくられた世の中と価値観に憎しみすら沸いた。
かく言う自分はどうなのか。妻はどうなのか。自分の立場に置き換えたとき、身につまされる思いがして、とても平常心で観ていられる作品ではなかった。
韓国は日本以上に縦社会だし封建的だけど、ジヨンを苦しめるエピソードはどれも日本でも起こり得ることだ。


ひとつの出来事に対して、ジヨンがどのように感じたかの描写がとても丁寧で美しかったし、リアルで恐ろしくもあった。

元同僚が訪ねてきて談笑したあと、彼女が帰ったあと1人部屋に佇むジヨンへの場面転換が本当に苦しかった。明るかった画面は突然暗くなり、ブツ切りになるBGMと、笑顔が消えたジヨンの表情。そして残酷に表示される「当てはまる求人はありません」の文字。あれって本当「お前は世の中から求められてないよ」って言われてるみたいだから怖い。

かつての上司に誘われ、自分のやりたい道で社会復帰できると輝く表情。家事と育児に追われているときは疲れ切ったスッピンだった彼女も、綺麗にメイクアップし自然と笑顔が溢れる。誰かに求められているという実感を久しぶりに得たジヨンの表情がとても明るくて印象的だった。

かと思えば、義母に一方的に責め立てられ再び自尊心を奪われたジヨンの泣き腫らした目。せっかく夫の協力も得られて、これからまたやりたい事ができると思った矢先、またも彼女は世間の束縛によって殻に閉じ込められる。

お母さんがジヨンを抱きしめるシーンは見ていられなかった。辛すぎて泣いた。自分が味わった苦しみを娘にも味あわせてしまった母の悲しみ。心が壊れてしまった娘を目の当たりにした母の苦しみ。

そこで漸く、煮え切らなかった夫デヒョンの愛が彼女を救ったときは遅過ぎだよ馬鹿野郎って思ったけど、2人が素敵な夫婦で安心した。
コン・ユの演技が本当にもどかしくて、結局夫も妻のことを大事に思ってるつもりでも、それすらも男性本位の目線でしかないのかなと思わせるほど。家事を「手伝う」、育児を「手伝う」。ジヨンのことを気遣っている風だけど、洗濯物をたたむ彼女を尻目に晩酌をする。一見デヒョンはいい夫かも知れないけど、それが当たり前になっていることこそ気がつかなきゃいけないことなのかも知れない。ちゃんと話すことって大事だ。

ジヨンの学生時代に母がかけた言葉が素敵だった。「おとなしくなんてしないで、思う存分出歩きなさい!」
カフェで啖呵を切るジヨンはもう何も恐れない。自分を愛して、自分が自信を持って生きていく道を見つけられたから。
ジヨンとお母さんが、電話でそれぞれ娘を産んだ日のことを話すシーンでまた泣いた。

序盤では「夕方憂鬱になることがある」と言っていたジヨンが、最後に夕日を見つめている顔はとても力強く、明るかった。


世の男性の皆さん。フェミニストになる必要はないと思うけど、この作品を女性本位だから理解できなかった、感情移入できなかった、と切り捨ててはいけないと思います。

ぼくはこれを観終わってから取り急ぎ洗濯物をたたみました。
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