リコリス

淪落の人/みじめな人のリコリスのレビュー・感想・評価

淪落の人/みじめな人(2018年製作の映画)
4.9
まだ英語がよく通じ、街には少し甘い響きの広東語が多かった香港。高架下にビックリするほど沢山の女の人たちが集まってるのを見た。みんな、食べ物を広げ、歌を歌い、楽しそうに語り合っていた。あとで、あれはフィリピンから来たメイドさんたちの休みの日だと知った。

主演のアンソニーウォン演じるチョンウィンは高層ビルなどを造るガテン系の職人だった。事故で下半身不随の車椅子生活となる初老男性。息子は親思いだけれどアメリカ留学中。彼に恩以上の肉親に近い情を持って接する大陸から来た若い友ファイと、フィリピンから介護の仕事をしに来た若いメイドさんエヴリンに介護を受けながら暮らしている。

チョンウィンは、自分には存在価値もない、ただ生かされてるだけでは辛すぎると失意の中で生きてきた。それがいつのまにか、家族のため自分の夢も諦め、知性を隠して出稼ぎに来たメイドの夢の実現を助けることが生き甲斐となり、チョンウィンは変わっていく。

結局、皮肉にも彼女の夢の実現の先に二人の別離が来る。けれど、車椅子でも高齢でも金持ちでなくても、自分の人生を意味を持って生きていけると、チョンウィンも自分の夢を実現していた。それに、いつでも肉親以上に温かいファイがいるしね。

アンソニーは映画に無償で出演。パンフには何一つ書いてないが、若者の抗議運動を支持して業界から干されていたそうだ(今は台湾在住とか)。香港の映画で名優として活躍し、今は失意の立場。でも新人監督を世に出す力となり、無名のメイド役のフィリピン女優を助け、こんな素敵な映画を完成させた。まるで映画の主人公チョンウィンその人のよう。だからといってチョンウィンは聖人君子ではなく、下ネタも言うし、ワガママで頑固で弱みを見せたくないオヤジ。エヴリンだってメイド仲間に助けられ、始めは馬鹿を演じてみたり(仕事が出来るない方が仕事量は増えないから)。共生社会、外国人労働者、家族の形、高齢者の居場所、女性差別…色々な問題が盛り込まれているのに、語り口は水彩画のように美しい。それに香港の郊外の生活、四季も、街中を歩いているかのように美しい。

コロナ禍で上映期間が短く外出制限もかかり、「薬の神じゃない」のような再上映も無いに等しく、たぶん見てる人は本当に少ないかもしれないけれど、今のように心が折れる理不尽な時にこそ必要な、温かい一杯のお茶のような、コットンツリーの木から綿毛が降るように、誰もが優しい気持ちになり、側にいる人々を大事にしたくなる、そんな映画。
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