六郎

ラフィキ:ふたりの夢の六郎のネタバレレビュー・内容・結末

ラフィキ:ふたりの夢(2018年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

すばらしかった。サイトかいてあったこと→アカデミー賞にノミネートされる条件を満たすため、ケニアで限定公開されたとき、映画館に観たい人が殺到したって、、ほんとうにどんだけの人にとって必要な映画だったんだろうと思うと、、😭


家同士の争い、閉塞的な地域コミュニティ、異性愛中心主義、どこまでも二元化された性規範、、に埋没される個人。母親や父親、他人の生活に干渉することをライフワークにする世間の象徴みたいなおばさんも、かつてはそれに抗う若者だったはずなのに。大人になるにつれて力を失って、奪われて、最後には積極的に再生産する立場になる構造がみえて、ガチガチの規範の中で生活を営み、世界を敵と味方にわけて、逸脱者を非難するだけの親世代がかなしい。
リンチを受けてなおここに残りたいと懇願するジキ、明確な排除を受けても、ここにいることを選択するケナ・ゲイ男性とか、どうしようもなくここにいたいと思ってしまう郷愁ってなんなんだろう、、、ケナの母親が、出て行くケナの背中を見送る表情が忘れられない。確かに子どもを愛おしく思ってるのに、それよりも「同性愛は罪、気持ち悪い」が絶対的だから、引き止めないんだよね。その表情がただただ悲しかった。ジキの母親も、意思に反した移住を嫌がるジキを泣いて抱きしめることしかしない、できない感じ。。そして権力を手に入れようと奔走する父親は家族をコントロールしつつ家庭には不在で、その家庭にしか居場所を持てない母親は宗教にはしり、自分が果たせなかった人生の目的を娘に託す。どうしようもなく歪。
そしてそして、、ジキとケナ、最高だった😭😭同性愛者は罪だー!の説教を男がするなかイチャつくところ、ハート強め。でもさすがにずっとハッピー🌟でいられるわけがないような環境で、それでもお互いふたりの未来を信じてて、最高によい。ホモフォビアが蔓延る町の片隅で出会った二人だけど、お互い惹かれ合う気持ちに疑いを持ったり罪悪感を抱いたりすることがなく、自然と育まれる親密性がそこにあるのが嬉しかった。希望を感じられるエンドでよかったー💧
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