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イップ・マン 完結のtanziのレビュー・感想・評価

イップ・マン 完結(2019年製作の映画)
4.0
遡ること1作目の序章で、日本道場からかろうじて帰宅した葉問が手当てをしてくれる妻に「この世界は…あまりにも狭すぎて 何もできん」と言った台詞が実はしっくりきませんでした。

この日本語訳は、もちろん原語や英訳でも同じ内容。

世界は狭い

あの戦いの後に葉問が絞り出したその言葉の意味が飲み込めず、澱の様に心の奥底にずっと沈んでいたのです。

が、この完結を観て自分はやっとわかった気がします。

多くの勝利を手にしてきたけれど、彼は戦争を止めることはできず、香港に逃げるしかなかった。

友の葬い合戦で勝ち拍手をもらったところで、ごく一部のイギリス人が支配する植民地香港の社会構造を変えられるわけもなく。

そして小学校が無事だろうが張天志に勝とうが、妻永成の命を引き延ばせない無力感を消すことはできない。

勝負には勝ったものの、彼は現実に表向き何も解決できずにいるのです。

だからこそ自分のいる世界の狭さを身を以て知っている男は息子には広い世界に羽ばたいて欲しかったのかもしれません。が、そんな想いと息子の望みが同じとは限らないことを萬師傅と娘ルオナンによって気付くことになった。

4作通じて、戦いに勝利した葉問が決して嬉しそうにしないのは、それが魔法のように何かを解決するのではないことを誰よりも分かっているから。

生きて戻る、全ての勝負で彼が願っているのはそれだけです。
だからこそ、歳を重ね病に侵された葉問はゲッデス一等軍曹の喉を迷わず突きました。生きて息子の元に帰らなければならない。

この世界は
あまりに狭すぎて 何もできない

その言葉はそのまま受け取るべきだったんです。

シリーズ最後でもアメリカでの華人への差別に立ち向かうものの勝ったとて何ひとつ解決できないことは承知の上。

むしろそれ故に、武術を志した初心を思い出すことができた。
「目の前にある」不正に立ち向かうこと、それは世界を変えることができずとも自分が出来るせめてもの行為であると。

そして最後に至ったのは、どこで見る月も同じ、という境地。
一番身近な息子すらも変えられないなら、あとは自らを変えるしかない。

葉問とは、狭い世界にいながらそれでも懸命に誠実に生きた男の話でした。

彼はスーパーヒーローではなく、わずかに彼に触れることができた人達にかすかな希望、しかし大きく育てることができる希望を与える人だった、完結篇はそう教えてくれました。

ありがとうイップ・マン。
あなたは永遠に私達の師父です。
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