レインウォッチャー

ひとよのレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

ひとよ(2019年製作の映画)
4.0
傷つくのはもちろん痛いが、治癒するのにもまた痛みが伴う。

子供が成長する過程において、家庭という場で無条件に承認される体験を積むことが重要だといわれている。そこで得た自己肯定感が、その後社会に出たときにもよりどころになるのだそうだ。
この兄弟はそこを力業でぶっ飛ばされるというトンデモ体験から、その結果誰もが自棄的な生き方にスタックしているのだと考えられる。要するに甘えかたもわからないまま大人になってしまって、足を前に踏み出す力がない。そこに突然母親が帰ってくるところから始まるわけだけれど、それぞれの想いをぶつけることをみんなが怖がっている。「殴られてたときのほうが単純だった、耐えてればよかったんだから」みたいなセリフがあって、ここに集約されてると思う。何かに正面から向き合うのは本当にめんどくさいし、恥ずかしいし、痛いことだ。

そんな機微を、まあ見事な演技合戦で魅せる。何度か出てくる食卓のシーンが印象的で、細かい一挙手一投足がもう静かな火花をちりちり散らしている。キャラクターの理解度がすさまじく深いのだろう。そうそうそうそう、あなたは目玉焼きの黄身潰す人だよね。そりゃあそうでしょうとも。
そして、実はこの設定や物語ってほんの一歩ずれると吉本新喜劇でもぜんぜん成立させちゃえると思う。各キャラのもつパラメータを1変えるだけでドタバタ家族ものになるような危ういバランスの上で、シリアスの中にコメディをちょい出しする緊張と緩和の感覚が見事だ。

ただ物語として、もう一歩踏み込んでほしかったというところもある。それこそなんだか新喜劇風というか、いい話ぽいムードにまとめすぎてやしないか。急にウェットな方向に舵を切った感があって、置いてかれてしまった。個人的にはこのへん、いわゆる邦画あるあるだと思っている。

最後に、「今後出る映画はぜんぶ観る女優」こと松岡茉優さんの魅力は期待にもれず爆裂していることを記しておきたい。バシバシのプリン頭でもキュート。懐メロ歌わされてもキュート。母親の髪を切る前にちょっとむんっと気合を入れるところに至っては四回巻き戻した。