ヤマギシ

ひとよのヤマギシのレビュー・感想・評価

ひとよ(2019年製作の映画)
3.6
『ひとよ。それは家族の形を残したまま人の何を変え、変えなかったのか』

母が父を殺した夜。
その一夜は三兄妹の人生を変えた、のかもしれない。
しかし、家族に暴力をふるっていた父親が消えたその一夜がどう人生を変えたのか、答えはない。
そこで得られた自由はあったのか。
影に呑まれた世界に、光はひと筋でも射したのか。
物語は15年後、父を殺した母の帰りで動き出す。

【ひとよ】の映画化を手掛けたのは、間違いなくいま最も注目すべき日本映画監督の一人である白石和彌。
作品を生み出すペースも驚異的であり、映画的な技法も力技で併せて多くの観客を虜にする作家だ。
すでに実力は何度も証明済みで、本作も信頼の証として素晴らしいキャストが集っていた。

鈴木亮平、佐藤健、松岡茉優は、三兄妹の個性をそれぞれ確立して、さすがの演技をみせる。
兄妹かと言われると、いささか個が立ちすぎているようにも感じるが、そこは全員の力技で映画として飽きさせない。
そして母を演じる田中裕子は、夫を殺した妻として、家族を守るために罪を犯して償った母として、そしてこの映画の核として、素晴らしい存在感だった。
エキセントリックなことはせず、ただただ映画の空気に馴染む演技をして無二の色を出す。
”あの夜”、自分も押し殺すことを決めた人間の姿がちゃんとそこにあった。

本作は、衝撃的なテーマで重いドラマを展開させる。
しかし、大きな起伏があるわけでも、とんでもない事態が巻き起こるわけでもない。
再会した母と三兄妹の関係は、風吹けば飛んでしまいそうなほどで、希薄さを感じさせる。
そしてだからこそ、誰に何が起きても動きは鈍く、浅く。
それが退屈さや理解のできなさを生むことも確かにあったのは否めない。
けれど、それこそが狙いなのだと思った。

あの夜に答えはない。
15年生きてきた結果が正しいのか間違いなのかも、まだ分かっていない。
さらには、未来に明るい希望の光が射すのかも、決まってなどいない。
そんななかで、再会した家族はそれぞれ何を感じ、どう動き出すのか。
うつむきながら、もがいて。
ぶちまけたい怒りも、叶えたい夢も行き場を失って。
15年間ただただ生きてきた。
この家族には、簡単に答えなど出ないのだ、動き出せないのだ。
しかし、確かにその再会もまた何かを変えて、動かし、未来をつくるのだ。
そんな、人が失いたくない”なにか”を、一緒にみつめてみる映画なのだと感じた。

「ひとよ」は「一夜」、「人(の)世」、「独(りの)依(りどころ)」。
誰もが身も心も殺さず生きて明かした夜に、人生の意味があった。
母がなぜ帰ってきたのか、そしてなぜ離れないのか、その理由を静かに語るシーン。
そこに人と人のつながりを越えた、家族の絆をみた。