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雪に願うことのandyのレビュー・感想・評価

雪に願うこと(2005年製作の映画)
5.0
起業した会社が倒産し、逃げるように故郷の帯広に戻ってきた主人公の学(まなぶ)。気がついたら兄や母に会いに来ていたと学は言いましたが、確かにそんな風に見えました。

逃げてきたと言うことも嘘ではないでしょうが、会社の倒産、借金苦、離婚等々悪いことが重なりにっちもさっちも行かなくなれば、自然と故郷に足が向うのではないでしょうか。

この作品を観てまず思ったことは、人間にとって帰れる場所がある事は、すごく大切なことだと思いました。

現代社会は都市部と地方の格差が広がり、みんな挙って都市部に出ていこうとします。それは致し方無いことかもしれませんが、故郷が自分の拠り所になっていることにはほとんど気づいていないのかもしれません。恐らく学もこのまま事業が軌道に乗っていれば、そのことに気づかずにいたはずです。自分の大切なものを失った時、自分がピンチになった時、初めて思い出させてくれるのかもしれません。

一方で、帰る故郷すら失ってしまい、貧困が重なると一気に生活が破綻する人も多いです。学は一流国立大学卒業で能力も高く、帯広に兄と母がいて帰る場所があったのは幸運でした。

人間は一人では生きていけないし、成長できないです。子供は親だけでなく、周囲の人間や地域が育てていきます。人間が社会性を持った生き物故のことです。



学は一文無しになったので、取り敢えず兄の厩舎で馬の世話をする仕事につきます。
だいぶ板についてきて、正式に働くかと兄から誘われますが、学は断ります。
それは、学が自分の頑張るフィールドは東京にあると深いところで気づいたからです。まずは「須藤にあやまる」と言う台詞が、学の覚悟を物語っています。威夫もそのことに気づきました。少し安心したのかもしれません。

兄威夫にも葛藤があり、馬のウンリュウは勝たないと処分されて馬刺しにされるし、
みんなそれぞれの事情を抱えながら、毎日一生懸命生活している。学は帯広での生活でそのことに気付かされたのです。威夫も学のそんな心境の変化に気づきました。

この兄弟の遣り取りに、台詞は思いの外少なかったように思います。しかし、その少ない台詞の間から言葉が溢れているように思いました。

口では罵声を浴びせながらも、学のことを気にかける威夫とぶれないで生きる兄に尊敬の念を抱いている学は生活を共にすることで、少しずつ互いのことを理解していったのでは無いでしょうか。

学にとって帯広での生活は、リセットの場ではなかったでしょうか。もちろん今まで築き上げたものを全部失うと言うきっかけが大きいのですが。ここまで大きなリセットでは無いにしても、リセットする機会はみんなあっていいのでは無いかと思いました。
そして、日本ではリセットする機会は転職みたいな大きなものしかないと思いました。一度立ち止まって少し休んでみる、今までの生活を少し振り返ってみて少し生活の軌道修正をする。こんな事がなかなかしづらい社会と思いました。そんな余裕がないぐらいあくせく生活しているのではないでしょうか。


俳優陣が豪華で、冬の帯広の寒さが少し和むような錯覚を受けました。
その分、リアリティが少し色褪せた感は否めなかっですが、もちろん演技は申し分なく素晴らしいので、それで作品の値打ちが下がるわけではありません。


転勤で関西から地方都市の生活が始まって約10年、故郷への郷愁と都会への憧れの両方を考えさせられた作品でした。
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