このレビューはネタバレを含みます
ヨーロッパの恋愛物と相性が悪いのか、フランス映画はピンと来ないものが多かったけどこれは「フランス語の映画」という感じであまりフランス映画ぽく無く、すごく自分の感性に合って嬉しかった。多分ゴーモン、パテ以外のフランス映画を初めて観たけどとっっても好みだった!
ストーリー自体が丁寧に作り込まれていて邪念が入り込む隙が無いくらい没頭出来たけど、とにかく雰囲気が好みだった。豪華なお部屋とか沢山本が置かれてる空間とかが大好きだから本屋が燃えているシーン以外は見ていてすごく楽しかった。
「創作」に重点が置かれていたのも興味深かった。創作する者たちの気持ちは何かを生み出したことがある人にしかわからないのかもしれない…
初めはアニシノバが美人だからアレックスは惹かれたのかな、はいはいフランス映画あるあるですね〜と思っていたけど、自分の作品に出てくる人物に似せて"戦闘服"としているアニシノバに出会ったことで自分の作品の影響力を目の当たりにして興味を持ったのかなと思った。ちょうど本屋のおじさんにとっての『失われた時を求めて』のように。
直接は比較されてないけど、人を喜ばせるような小説を書きたかった翻訳家の女性がアレックスと対称的に描かれていたように思えた。自分の創作物をみんなに読んでもらいたいと思う人もいれば、誰か特定の人(アレックスの場合は本屋のおじさん)にだけ読んでもらえれば良い、という人もいると思う。読み手が増える程作品に対する声が増えるのは避けられないし、それらに興味が無いなら雑音が増えたように感じるだろうし。まあ描かれていないから理由はわからないけれど。
文学を愛しているかどうかでアレックスのふるいにかけられている展開も面白かった。大ヒットミステリー作家にしてはツメが甘いな…と思っていたらあえて洗面道具を置かずに違和感を残したのか、と合点がいった。さすが大ヒットミステリー作家。オヤ?となった鞄入れ替えトリックも、ちゃんと後から辻褄合わせられていて説得力があった。さすが大ヒットミステリー作家。
意外だったのはスペイン語が通じないシーン。フランス語とイタリア語を軽く学んでスペイン語をチラ見した時「やっぱりラテン語系は似てるな」という印象があったから仏伊話者にはある程度ノリで通じるイメージがあった。この感覚は一生わからないんだろうな。しかし翻訳家達が言語を縦横無尽に操る姿はかっこよかったな…努力の上に成り立つものだから畏敬の念を抱かずにはいられない…
しかしインフェルノ翻訳の裏にこんな状態があったとは知らなかった。やはり創作の世界は狂気の世界だ…
この事件をきっかけにブラックは筆を折るかもしれないけど、もしかしたら目を覚ましたアニシノバによって再び筆を取ってくれるかもしれないという希望が残されたエンディングだと思った。
誰かにとっての『失われた時を求めて』になるかもしれない彼の作品が、またいつか各国で読まれる日が来ますように…