たくみ

風の電話のたくみのレビュー・感想・評価

風の電話(2020年製作の映画)
3.8
東日本大震災をその後を描いた作品。
見ていて苦しくなる描写が多かった。
でもその中で人々の優しさに触れ、徐々に前向きになっていく主人公を丁寧に描いていると感じた。

被災後、一人だけ取り残された春香が一緒に暮らしている広島の叔母がいるのだが、ある日倒れてしまう。
幸い叔母は助かったが、春香は失意のまま実家を目指す旅を始める。
その旅で出会う人々はみんな優しくて心温まる時間だった。

自殺した家族を思いながら暮らしている公平とその母親、新たな命に心弾ませている夫婦、福島で被災した森尾、などなどたくさんの人たちと出逢うのだが、全員春香を前向きさせてくれる優しさを持っていた。
特に森尾との会話の重みはすごかった。
森尾も家族を津波で失っており春香と同じ境遇なのだが、生きる意味を春香に教えるシーンには強い信念を感じた。
「自分が死んだら誰が家族の事を思い出してあげるのか」という言葉が特にそれを感じた。
残された人間が思えばその人の心の中で家族は生き続けるという風に自分は解釈したのだが、本当にその通りだと感じたし、それが残された人間の宿命なんじゃないかと思う。
被災者の方々だけでなく、生きる人全てに当てはまる素敵な言葉だと思う。

この映画を通して印象的だったのは春香の葛藤だった。
家族は津波で亡くなったのかと聞かれた際、「まだ見つかってない」と言い直しているシーンがあり、まだ家族が死んでしまった現実を受け入れられていないような気がして心が締め付けられた。
その後実家の跡地(津波の影響で建物は既に残っていない)に帰ってきた際も、ただいまに対する返事が無い事に泣き叫ぶのだが、これも現実を突きつけられてまだ受け止め切れていない様に見えた。
既に震災から相当時間は経っているが時間が解決してくれること無く、深い傷になってしまっているのだなと感じた。
それほど震災は深い爪痕を残している事を突きつけられた気がして目をそむけたくなった。

ラストのシーンこそがこの映画が本当に伝えたかったことだと思う。
他の方もレビューで書かれているが、ラストの風の電話で家族と話すシーンは春香を演じたモトーラさんの全編アドリブ。
まだ見つかっていない家族は3人で仲良く海の中や空の上で暮らしていると信じて、まだ自分はそっちには行けないから待っていてねと伝えるシーンは前に進もうとしている意思が感じられた。
このシーンをみるだけでも風の電話がどれほど被災された方々の心の拠りどころになっているのかが伝わってきた。

多くの人に優しく寄り添っている風の電話を教えてくれたこの映画は本当に素晴らしかったです。
忘れちゃいけない、絶対に。
たくみ

たくみ