松井の天井直撃ホームラン

風の電話の松井の天井直撃ホームランのレビュー・感想・評価

風の電話(2020年製作の映画)
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☆☆☆★★★

〝 生き残ったからこそ生きて行く 〟

震災の時に故郷は津波で崩壊し、愛する家族とは生き別れてしまった当時9歳の女の子。
あの時のトラウマを抱えて生きる17歳の女子高生。彼女は疎開先でひっそりと暮らしていたが、厄災はいつ・どこで起こるか分からない。疎開先の広島でも、目と鼻の先で起こった大型台風の影響から。土砂崩れ・土石流による災害の爪痕は生々しく。その姿を見ると、当時の恐怖・家族との別れを思い出してしまい。胸の奥から沸き起こる感情を抑えきれなくなってしまう。

映画は、そんな彼女が故郷へ向けて旅立つロードムービー。
そのキッカケとなる、或る出来事を思うと。少しばかり、納得出来ない部分を多少は感じない訳ではありません。
しかし映画を観続けていると、どうやら「単なるロードムービーとは何となく違う…」と言った雰囲気が、スクリーンから漂って来た。

「とにかく食べろ!」

「とにかく食べよう!」

「生きて行かなけりやならないんだから食べなきゃな!」

三浦友和が、山本未來が、西島秀俊が、西田敏行が…。

生きて行く為には何が必要なのか?先ずは命の灯を灯し続けなければ意味がない。その為には(生きる為の)エネルギーを食べる事から得なければならない。

「さあ!さあ!早く食べろ!食べろ!」


実は、スクリーンを見つめながら。或る映画を思い浮かべながら観ていました。
始めの内は「これは何だろう?」…と言った感じでしたが。段々と、映画本編がロードムービーの様相をはっきりと表し始めた際に。「あれ?コレってひょっとして、諏訪敦彦版の『誓いの休暇』なんじゃなかろうか?」…と。

実際に、彼女は勇気を振り絞り故郷の地へと降り立つ。
そして『誓いの休暇』よろしく帰る…筈だったのだが!
映画はこの後。ラストまでの30分で。或る意味ではファンタジー映画となる。

どうやら、単純なロードムービーとは異なっているのは。映画の中盤で登場する西島秀俊のパートで明白となる。
彼は元東電社員で、震災当時は第1原発で勤務していたと語る。その事で、胸の中には多くのわだかまりが塊となって残っている事を。
中でも、異色だったのが西島秀俊が探している人物の場面。
劇映画を観ていたのに、突然ドキュメンタリー映像を観ているかな様な雰囲気がスクリーンから漂って来たから本当にビックリした。

この時に語られるクルド難民に関する会話。その後に西島秀俊が語る、震災当時の原発問題。
どこか、難民支援に消極的な日本政府。
一向に復興が進まずボランティア頼りな日本政府。
映画は、そんな政府の復興政策に強い憤りを感じているかの様な感じを感じたのですが…果たして?

映画本編で、固定カメラによる長回しを多用。とても落ち着いた撮影が続きます。時々エモーショナルな場面の時のみ手持ちの撮影の為に、カメラが激しく動き出しブレる場面もありますが。総じて、フレーム内での人物の立ち位置等もカチッと嵌っており。「嗚呼!映画を観てるな〜」…と、思わせて貰いました。ただ、基本的に長回しが多いので。この作風・流れに乗れないと、好き嫌いがハッキリと別れる作品だとは思います。

主演の女子高生にはモトーラ世理奈。
これまでも主演作品を何本か観たが、とにかく不思議な雰囲気を持っている。
どちらかと言うと、演技力よりも圧倒的な存在感の方が強い。
この作品でも。彼女の醸し出す雰囲気は、多くの名のある俳優と組んでも、全く見劣りしていないのだから恐れ入る。
ただ、演技力よりも存在感と記したものの。最後の《風の電話》の超絶な長回しは…。
これを要求する方もする方ではあるのですが。
想像の上を超えた演技力を見せた、この時の彼女は本当に素晴らしかった!

最近感じるのですが。なんとなく、作品の中身に震災の要素を取り入れては、体裁を繕う作品がチラホラと見受けられる気がしています。
《震災詐欺》…とまでは言いませんが、少しそれに近い作品が…。
時々見かけられる、それらの作品と比べて。この本編は、真剣に震災と向き合っている様に感じられ。辛い内容なのですが、多くの人達に観て欲しい作品ですね。

2020年1月30日 イオンシネマ板場/スクリーン1