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あなたの名前を呼べたならのumisodachiのレビュー・感想・評価

あなたの名前を呼べたなら(2018年製作の映画)
3.7
若くして未亡人となった田舎出身のラトナは、ムンバイで住み込みのメイドとして働きに出ている。建設ぎしゃの御曹司の新婚家庭に雇われたはずだったが、新婦の浮気によりふたりは破局。ラトナは御曹司アシュヴィンとふたりで生活を始めることになり……。

なんというロマンチックな映画なのか!こんなに丁寧に恋愛の過程を描いた作品、久々に観たわー。

召使であるラトナと主人は、本来であれば心を通わせることなどあり得ないふたりだ。厳然とした階級の差、未亡人となったラトナの自由を奪う田舎の因習、あからさまな差別、周囲からの下衆な勘繰り、家業の重圧……彼らの恋愛を阻む要素は無限にある。

しかし、ふたりの心は少しずつ近づいていってしまう。ファッションデザイナーになる夢を持ち、一歩を踏み出すラトナに惹かれるアシュヴィン。アメリカ育ちで進歩的な考え方を持ち、心優しいアシュヴィンに惹かれるラトナ。ごく些細な言葉や視線のやりとりだけなのに、ちょっとずつちょっとずつふたりの心が近づいていくのが分かる。

召使のわりに感情が顔に出すぎるラトナ。怒りのボルテージが上がるのが早く、早合点してしまうこともあるものの、すぐに機嫌が直るサッパリした性格だ。行動力もあり、思いついたら即決型。対して、アシュヴィンはジワジワと感情の熱量を上げていくタイプ。慎重で優しいが、しつこいので思い込むとなかなか諦めない。決断力や行動力に乏しいものの、いったん決めたらとことん貫く意志の強さがある。

一見物静かで似ているタイプのふたりかと思いきや、本質的には正反対。そんなふたりがゆっくりではあるけれど、確実に惹かれ合っていく様子はリアルでスリリングだ。だって、もし恋に落ちたら苦しむのはラトナの方だけだって分かり切っているから。

アシュヴィンの残酷なまでの純粋さがつらい。純粋と鈍感は紙一重なのね。「いや普通に考えたらそうなんだけど、違うの!無理なんだってば!」っていう周囲の苛立ちがリアル。

ラトナと話すときはヒンディー語なのに、家族と話すときは英語を使うことで示されるアシュヴィンの生い立ちや立場。フラッとブティックに入った際の対応で示されるラトナの社会的な立場。台詞ではなく、ふとした生活の一幕で多くを説明するスマートな脚本も素晴らしいし、ふたりの視線が紡ぎ出す繊細なやりとりが美しい。

インド独特の因習に阻まれるふたりの恋は、とにかくロマンチック。今年観た恋愛映画の中で最も美しい作品だった。原題の【Sir】もいいけど、邦題もいいね。
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