こうん

はちどりのこうんのレビュー・感想・評価

はちどり(2018年製作の映画)
4.8
本当はダッチ少佐とディロンの筋肉握手(in「プレデター」)が死ぬほど好きだったりする僕(41)ですが、それなりに繊細さも持ち合わせているので、その自由な指で何かをつかもうとする少女の眼差しと心の動きでもって落涙したりもします。

いやー素晴らしかったすね。
素敵なラストショットでした。

同じ韓国映画だからポン・ジュノを引き合いに出すわけではないですが、「殺人の追憶」や「母なる証明」のように、映画に宿った感情をそのままこちらに放り投げてくる、いわば閉じた作りにさせないラストショットで、ここだけでも5億点でしたね。

もちろん!
ファーストシークエンスの部屋を間違えるエピソードからしてスマートで良いし(ここで1億点)、ラストショットまで徹頭徹尾、素晴らしかった。

一人の少女のアイデンティティをめぐる話としてもグッとくるし、侯孝賢とか楊德昌の映画のように家族と街の映画としても興味深かったですね。

また、現代韓国にも続いているらしい強烈な男尊女卑の社会精神構造の描写も、物語の基調音としてガッツリ描かれておりました。
多くの人が読んだと思いますが「82年生まれ、キム・ジヨン」と本作の主人公ウニは同じ世代なので、その男尊女卑社会の挿話は同音異曲のところがあると思います。
ちなみに僕は小説「キム・ジヨン」を読んで韓国における女性性の軽さに戦慄を憶えると同時に、意識の低い男として脂汗垂らしながら妻に謝りましたね。ま、その辺の話は映画化された「キム・ジヨン」を観てから。
(主演のお二人が美男美女であることに「ちょっと待って…」という不安はある)

さて、この「はちどり」は、主人公である14歳のウニの目線から綴られる物語で、日常の点描といってもいい。パワフルなストーリーがあるわけでもなく、些末な出来事や家族や友人の言動が積み重なって、感情が醸造されていく映画時間。
淡々としたテンポで、ウニの心のありようや移り変わりが語られていく。

なによりも好ましいのは、この語り口ですね。
いくらでもメリハリをつけられる物語り的な緩急を、ある種の間接話法で絶妙にゆるやかにして匂わせていくストーリーテリング。
その語りそのものが、まだ幼い、“世界”と渡り合う準備のできていないウニから見た世界であり、分別や理解度は浅いままながらも、目にする物事の本質がジワジワと彼女の内面を侵食していく行程にシンクロしている。

例えば、浮気を一言も浮気のワードを出さずに示すところとか、なにも確定的に描かずに状況証拠的な描写でもって、確定的雰囲気を醸し出す、その塩梅がいいです。あの感じは幼いころの自分の現状把握能力を思い出したりします。
しかし「テニスの練習」の言い訳をとっさに言えるのは偉いね。

シナリオがまずいいと思うし、風景や人物や部屋の切り取り方も含め撮影も良かったし、繊細な音の響かせ方や拾い方も効果的だったし、まぁなにより俳優さんたちがいいよね。

この“はちどり”と冠せられた映画を一身に引き受ける役どころであるウニを演じるパク・ジフさんをまずは全力で称賛したい!
不安・孤独・憂い・哀しみ・怒り・惑い・喜び・羨望・信頼・驚愕・絶望、そしてささやかな希望…それらの感情をその小さな体躯でめくるめく魅せてくれる、この映画の感情装置として見事な演技でした。
何度も言うけど、この約2時間半連れ添った感情旅行の終着点としてのラストショットの、あの複雑玄妙なカタルシスといったら…!
パク・ジフさん演じるウニの感情旅行にまんまと乗せられて、いつの間にか41歳のおじさんはウニとシンクロして、ラストで涙腺決壊でしたね。
パク・ジフさんの将来が楽しみです!ものすごくいっぱい表情を持っていますよこの人。

ヨンジ先生も良かったね…!髪をひっつめると木村佳乃そっくりなんだけど、大学を休学中という身の上しか明かさない彼女の化粧っ気のない表情や細い体躯、はたまた幼いウニに対して言葉を選ぶ思慮深さや聡明さが滲み出ていて、なんだろう、彼女の男尊女卑の学歴社会である韓国において悪戦苦闘してきて、それなりに傷ついてきた女性だというのが如実にわかるんですよね。それであの慈愛に満ちた優しさ…そりゃウニじゃなくとも縋り付きたくなりますよ!
彼女もまた、居場所の見つけられないウニと同じように、社会における居場所を探している長い旅の途中、という風情がまた良かった。あの指切りげんまんは対等の者同士が交わす契りだよね。
ウニとヨンジ先生の間に流れる情愛や友情は、というか完全にウニ目線で思い出すヨンジ先生の噛み締めるように伝えてくれる授業や寂しげな表情や疲れた笑顔の数々は、染みるねぇ~(語彙力低下中)。

それからジスクちゃん、たまらんね。前野朋哉に似た親友感、最高~。
おざなりだと思っていたかかりつけの医者先生のウニへの慮りが見えるところも良かった。

あといいなと思ったのは、その韓国の儒教的な家父制度や長男尊重主義や男尊女卑や学歴社会という社会状況を踏まえて、誰一人悪人として描かず、浮気しているくせにえばり散らす父ちゃんや受験へのプレッシャーで末妹を殴ったりブス呼ばわり(どこがブスなんじゃい!)する兄も、またそんな社会の中で疲弊していて、なんなら女たちより脆かったりする描写(父ちゃんはウニの病気で、兄は妹の危機で、泣く)もあって、社会派映画として側面を持つけれども、ドラマとして誠実に取り込んで膨らますバランスが好ましかったと思います。
とはいえ、あのお母さんの心を喪った感じは「キム・ジヨン」読んでいただけに、空恐ろしかったなぁ。

そういえば、おれも94年の時は15歳だったわけで、国や性別や情勢や家庭環境の違いはあれど、ウニちゃんのようにアイデンティティはぐらぐらしまくっていたので、“あの頃”として本作を受け止める卑近さがあったのかなと思います。
ベネトンとかミチコロンドンとか、懐かしいし恥ずかしいだわ。14歳ではじめてできた彼女がどっちも持ってましたw

どちらかというと傑作寄りの「はちどり」を監督したキム・ボラさん、これがデビュー作なんですって!ぴゃー!
とてもリリカルで理知的で、そのうえでシネマティックでした。
才能ってあるんだなぁと思うし、既に一つ作家として成熟しているんではないでしょうか。
次回作が早く観たい監督のひとりになりました。っていうかウニの物語の続きを見せてください!

優れた映画は、時代や国や性別人種国境を軽々と越えて、スクリーンの中の感情を共有させてくれるものですね。
とにもかくにも「はちどり」は、映画の肉体と声を持った逸品です!必見!

ちょっと今夜はパンケーキのようにチヂミを焼きたいと思います。
こうん

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