湯呑

8番目の男の湯呑のレビュー・感想・評価

8番目の男(2018年製作の映画)
4.0
この映画、一応実話をもとに再構成したという謳い文句になっているのだが…いや、さすがにそれはないだろう。韓国初の陪審員裁判(韓国では国民参与裁判と呼ぶ)が無罪判決になった、という点は事実なのだろうが、残りは完全なフィクションだと考えた方がいい。というのも、本作のプロットはシドニー・ルメットの名作『十二人の怒れる男』や、その本歌取りとも言える三谷幸喜脚本、中原俊監督の『十二人の優しい日本人』のそれとほとんど同じだからである。こんな裁判が実際にあったら、世界中の映画ファンが大騒ぎしていただろう。
事件そのものの概要は『十二人の怒れる男』に似ているが(子供による親殺し、という点や殺人現場の真向いにある建物に目撃者がいた、という点など)、陪審員同士のユーモラスなやり取りや、スラップスティックな展開は『十二人の優しい日本人』の方により近いだろう。というより、本作は三谷幸喜作品からの影響が非常に大きい。三谷幸喜が韓国資本で撮った新作、と言っても通用しそうな仕上がりである。キャラクター造形ひとつとっても、例えばムン・ソリ演じる女性裁判長は戸田恵子(鈴木京香でもいいが)、その両脇に入る裁判官2人は伊藤俊人と白井晃、陪審員に召集された不思議な雰囲気の少女は小日向文世、狂言回し的な役割を務める清掃員のおばちゃんは片桐はいり、といった風に三谷幸喜作品おなじみのキャストがすぐに頭に浮かぶぐらいなのだ。パク・ヒョンシク演じる主人公は若い頃の筒井道隆、といったところだろうか。
別に、パクリだとか何だとか言うつもりはありません。そもそも『12人の優しい日本人』だって、『12人の怒れる男』のパロディとして作られたのだ。それに、陪審員が実際に現場検証に出掛けたり、裁判官と直接交渉したり、といった本作独自の展開もしっかり存在する。先行する2作が基本的には陪審員同士の会話だけで成り立つ密室劇だったところを、本作はより派手な展開を盛り込みストレートな法廷サスペンスへと作り変えている。そして、この変更に伴い『8番目の男』では、事件の真相がより具体的かつ客観的な形で観客に提示されている点も重要だ。
基本的に、登場人物が裁判所の事務室からいっさい出る事の無い『12人の怒れる男』では、事件の真相はいっさい分からないまま終わる。陪審員によって証明されたのは、被告を犯人と断定する根拠は無い、という事だけ。『12人の優しい日本人』では、一応真相らしきものが用意されているが、それも実際に検証される訳ではなく、あくまでもロジックによって導き出された仮説として示されるに過ぎない。要するに、事件の真相など問題ではないのだ。重要なのは「疑わしきは被告人の利益」という法の大原則を守る事と、偏見や思い込みを捨てて事実と向き合う事なのである。『12人の怒れる男』の感動的なラストを観れば、この映画で裁かれていたのは被告ではなく、実は(陪審員を含む)私たちであった事が分かる。この点については、パロディとはいえ『12人の優しい日本人』でもきっちりと踏襲されていた。『8番目の男』は、ミステリー映画らしい「意外な真相」に重きを置いた為に、この重要なモチーフがいささか薄れてしまった気がする。
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