雷電五郎

燃ゆる女の肖像の雷電五郎のレビュー・感想・評価

燃ゆる女の肖像(2019年製作の映画)
4.2
18世紀のフランスを舞台に、結婚のため肖像画を描くことになった名家の娘と肖像画を依頼された女性画家の秘した恋の話です。

理想のハッピーエンドを描きがちな恋愛の話を、時代や価値観による困難さ故に最初から別れを前提とした現実的な物語に仕上げています。あたかも、オルフェウスが振り返ったことにより、妻エウリディケと永遠に触れ合うことができなくなってしまったように、マリアンヌとエロイーズの間に流れる熱を帯びた悲壮がひときわ美しく、僅かな時を惜しんで愛し合う2人が内に秘めた情熱の濃さに涙とときめきを同時に感じました。

別れを前提としながらも、別れが終わりではないことも印象的で、時代の価値観に流されてゆくように見えて、誰にも触れられない心だけは永遠にお互いを想っている炎のような感情を思わせます。
オルフェウスの神話のとおり、地上と冥府という決して交わらない世界にいながら尚も互いを忘れない。切ないけど決して悲恋ではないのです。心だけは自由である限り。

丁寧に2人がうちとけ惹かれ合うエピソードを重ねてゆく程にラストの「最初の再会」と「最後の再会」の意味に胸をつかれるような気持ちに陥りました。
特に最後の再会ではエロイーズの笑みと涙にマリアンヌへの想いを感じ、涙が溢れてしまいました…

作中、マリアンヌ、ソフィ、エロイーズがオルフェウスの神話の解釈をそれぞれ話すシーンがあり、何を思ってオルフェウスは振り返ったのかという解釈は3人ともに異なります。
しかし、映画の終盤、別れて生きることを決意するために、エロイーズがオルフェウスたるマリアンヌに振り返ることを促します。歩む道も世界も異にしながら、それでも互いを想い続けるために妻エウリディケが振り返ってほしいと願うのです。愛の思い出だけでも生きていけるように、死が2人をわかとうとも。

マリアンヌが白いドレスを着たエロイーズを度々幻視したのは、それがオルフェウスの背中を見つめる妻エウリディケの比喩だったのではないかと思います。端々まで緻密に作られており、その描写さえも非常に繊細で、特にマリアンヌとエロイーズの視線や表情がとりわけ濃厚で美しく、そこに互いへの感情が燃えているのが分かり奇妙な緊張感すら感じられました。

全編にわたって言及したくなる素敵なエピソードやシーンばかりで細かく挙げるとキリがなくなりそうなのでこのへんで口を噤みたいと思います。
別れは終わりでなく永遠の愛の始まり、まさに燃ゆる女達の美しい物語でした。
雷電五郎

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