ノラネコの呑んで観るシネマ

名もなき生涯のノラネコの呑んで観るシネマのレビュー・感想・評価

名もなき生涯(2019年製作の映画)
4.5
第二次世界大戦中、ドイツに併合されたオーストリアで、徴兵されヒトラーに忠誠を誓うことを拒否した名もなき農夫の夫婦の物語。
「ツリー・オブ・ライフ」以降、抽象化、映像詩化していったテレンス・マリック作品だが、これは実話ベースのためか久しぶりに物語性が強い。
とは言っても、テリングのスタイルはいつものマリック。
3時間近い上映時間の多くが、農夫たちが暮らすアルプスの自然描写に費やされ、説明的な台詞は極力排除されている。
被写界深度が深く、奥行き感を強調した広角の映像は、全カットが決め込まれもの凄く美しい。
雄大な自然と人間の愚かしさを対比するスタイルは、まさに杜甫の「春望」の「国破山河在」を思い起こさせる情景。
ユニークなのはオーストリアの話なのに、主人公や村の人たちは英語で、ドイツ軍人はドイツ語を話すが字幕が出ない。
これはおそらく“不通”の表現。
物語終盤になると、主人公を裏切り者扱いする様になる村人たちもドイツ語になってゆく。
そして夫婦が囁き合う様な一部の台詞もドイツ語なのが面白い。
前者のドイツ語は不通だが、後者の方は他人には計り知れない夫婦の心ということか。
これドイツ版だとどうなってんだろ。
例によって娯楽性は殆ど無いのだけど、テリングの力が圧倒的なので、画面を見てるだけで虜になってしまう。
マリック独特の映像言語に魅了された人には、これはもう至福と言っていい時間。
とても残酷な話ではあるが、ずっと観ていたくなるトリップ感は健在だ。