ぐち

家族を想うときのぐちのレビュー・感想・評価

家族を想うとき(2019年製作の映画)
3.5
嘘でしょ辛すぎる



宅配ドライバーと貧困の話、くらいの前情報しか無く観たから、、ほんと、、こういう映画だとは、、あの、、言っといて、、、つら、、、

同じ貧困をテーマにした映画だと「パラサイト」と立て続けに観たんだけど、こんなにもアプローチが違うかよ。
ケンローチ監督容赦がなさすぎる。ストレートど直球すぎる。描写力がたくみ。つらい。

「働き盛り世代とその家族の貧困」を描いてるのかと思ったけど、高齢者についてもさりげなく描かれてた。
自分の身体が思うように動かなくなってくるジレンマ、羞恥、悔しさ、人の助けがないと何もできない情けなさと失望。
私が良い歳して独身だと「家族がないないと老後が大変だよ」的なことを言われるんだけど、実の家族がいても一緒には暮らさずヘルパー頼りのこの現状。ヘルパーであるアビーは「なんて酷い家族なの」と憤るが、もしかしたらその家族もリッキーのように昼夜なく働いて僅かな賃金から家族の生活費と介護費を捻出してるのかもしれないんだよね。。
長男が学校から呼び出されても駆けつけられず、「父親が来ないとはどういう事だ」と怒られたリッキーのように。
全世代つらい。全方位逃げ場がねぇ。未来はきっと明るいという希望すら打ち砕く。つらい。

反抗期の長男がリッキーを「努力が足りない」と非難するシーン、、あの言い分、よく心ない世間が弱いものに向けていう言葉だよね。貧困に限らず社会でうまくいかないあらゆる人に投げかけられる残酷な言葉。
それをよりによって息子に言わせるケンローチ監督鬼か。この息子がまた悪い子じゃないんだわ…反抗期なだけでめちゃくちゃ良い子なんだわ…
そして私たちはリッキーの詳細を見てるから、努力不足なんて口が裂けても言えない。
それが、世間が軽々に口にするこの言葉がどんなに残酷なものか示してる。

ホームレスになったり、飢餓に苦しんだりするような貧困じゃない。そこまでの貧困は私もわからない。
だけど、(賃貸だけど)家があって(非正規だけど)仕事があって(栄養は足りてないけど)ご飯も食べられる。
そういう貧困は、あまりに身近だ。
それでも持てる人々は「飯が食べられるだけマシ」「そんなの貧困じゃない」と言えるだろうか。

観終わった後に原題の、不在連絡票の決まり文句である『Sorry we missed you』がいろんな意味に受け取れて刺さる。お父さんどこへ行くの。おれたちは私たちはどうしてしまったの。we missed you
つらい。

邦題の『家族を想う時』ってなんやねん原題も内容も反映してへんやんけ と思うけどストレートにこの内容を宣伝しても人は集まりづらいよな。。つら。。。

追記)
パンフ読んだら「それでも負けない気高く力強い絆を描く感動作」とか書いてあったけど本当にそういう映画か???いやもちろんそういう面もあるしそういうふうに売らなきゃいけないのもわかるけどな????
ましてや「現代社会が失いつつある家族の美しくも力強い絆」とか書いてあって そういうとこ〜〜〜日本社会のそういうとこ〜〜〜って暴れそうになった。絆ではどうにもならないって話だから辛いんじゃん問題なんじゃん。監督はどんなに善良な人々が愛や絆や勤勉さでもって生きようとしてもそれを打ち砕いてしまう社会システムにバチバチに怒ってると思うんだけど。「美しい絆」とかいうあったかい言葉で映画で描いてる現実をぬるめてんじゃないよ
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