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リトル・ジョーのろのレビュー・感想・評価

リトル・ジョー(2019年製作の映画)
5.0

「新しい時代の幕開けです。気分を高め、うつを防ぐ“幸せの植物”。今の時代にぴったりだ」

人々をハッピーにするために生み出された植物“リトルジョー”。
しかし研究者アリスの周りではおかしなことが起こり始め・・・。

ビビッドピンクの照明の下、カサカサと音を立てながら花開くリトルジョー。
優雅にまき散らされるその花粉を吸いこむことで芽生えるリトルジョーへの強い愛情。
それは、不稔性(受粉しても子孫を残せない)の植物が編み出した、生き残るための秘策だった。

「ジョーがもう、ジョーじゃないみたいで怖い」
穏やかだった愛犬も、母親想いの息子も、私の知らない誰かになっていく。
花粉が脳に作用することで、感情がなくなる人々。
喜びや悲しみと引き換えに彼らが得るのは、リトルジョーを守り通すことで生まれる一体感だけだった。
アリスはリトルジョーの“洗脳”に抵抗するが・・・

大切な人が変わっていく恐怖とともに描かれる、誰とも分かり合えない孤独感。
誰に何を言っても通じない伝わらない、おまえが変なんじゃないかと線を引かれる恐ろしさが、いまの私自身と重なって、寂しさや辛さも相まって、私の延長線上にある映画になった。

愛犬を亡くした研究員のおばさんが、たとえ伝わらないとわかっていてもたまらず叫ぶ気持ちが痛いほどわかる。
「みんな目を覚ますのよ!こんなの間違ってる!」
大学の授業プリントに「レモンを食べたことのない人に、レモンの味を言葉で伝えるのは難しい」とあったけれど本当にその通りで、アリスが息子に対して感じた違和感も、噛みついてきた愛犬に対する戸惑いも、体験のない人にとってはとても現実味のないことで、“私”がいくら説明したところで伝わらない。

リトルジョーの花粉を吸いこんだ人々はどんどん洗脳される。
リトルジョーに都合のいい考え方や価値観でアリスをなだめ、こういう考え方もあるんだから、あなたは自分の考え方を手放しなさいと詰め寄る。
息子が突然あなたを突き放したのは、成長期のせい。
犬が一晩で豹変したのは、もともとあなたの頭がおかしかったせい。
そんなふうにやり過ごしたって、もやもやは晴れるわけないのにね。

考え方・価値観のマイノリティもあるのかもしれない。
目に見えること・見えないこと、どちらにしても多数派の意見が勝ってしまう。

考え方が違えば、物事の見方、その軽さ・重さも違ってくる。
それって当たり前のことなのに、どうしてこんなに辛いんだろう。
自分の考え方が間違っているのか、私のコミュニケーションの取り方がまずいのだろうか。
自分の根本的な部分(軸)がぐにゃぐにゃに歪んでいくような感覚・・・

エイリアンも出てこないSF映画、誰が死んでも画面に映らないホラー映画。
何かが起きているのはみんなの頭と心の中だけなのに、こういう恐怖が一番こたえるし魅力的だと思う。

「何かを失うのが心配だろうけど、実際は何も気づかない。死と同じよ。本人は自分が死んだことには気づかないんだもの」


( ..)φ

人間の都合で品種改良された、しかも子孫を残せない体にされたリトルジョーが、生みの親であるアリスに復讐する物語。
会社の同僚や息子に疎外感を感じ、アリスはどんどんマイノリティになっていく。それなのに彼女がかわいそうに見えないのが不思議だった。

「ボディスナッチャー」、「遊星からの物体X」みたいな古典的な侵略と「バニーレークは行方不明」みたいに一人で戦わなければならない心細さ。そこへ何かが起こる前触れとして聞こえてくる尺八の音・・・。オリエンタルでモダンなホラー映画。ドンピシャに好みだった。

ろ