幽斎

ANNA/アナの幽斎のレビュー・感想・評価

ANNA/アナ(2019年製作の映画)
3.6
Luc Besson監督、62歳。フランスで最も有名な映画人。「TAXi」シリーズ「トランスポーター」シリーズ、「96時間」シリーズ。世界的に有名な映画を数多く製作、フランス映画をハリウッドに比肩するコンテンツに導いた功労者、だった。

映画界に於いてフランスが頂点とする意見には私も賛同。芸術性に溢れるセンテンスは他国の追従を許さない「理念」が有る。1950年代カイエ派(右岸派)を発端とする、スタジオ主導のシステムに批判的な作家達が、低予算でロケ中心なスタイル、刹那的な若者をカッティングした作風は、アメリカやイギリスの映画界に衝撃を与えNouvelle Vague、ヌーヴェルヴァーグ、日本語で「新しい波」と呼ばれた。

第2波を起こしたのがLuc Besson監督で何の異論も無い。私の上の世代の方に「レオン」を批判的に語ると猛攻撃を喰らう、其れ位当時は圧倒的な支持を得たらしい。私に言わせればカルトに他ならないが、ハリウッドのエンタメ8割芸術2割を追従して、鼻は高いが面白くないと言われたフランス映画を変質させた。反面、芸術性が削がれ幼稚に為り退化したとする意見も有る。商業的に成功した監督は、製作会社「EuropaCorp」を作り、WarnerやUniversalと肩を並べる勢力に育てた。

フランス映画界で監督に意見する者は誰も居なくなった。その監督がSF映画の最終形態「アバター」に刺激を受け、長年の夢だった「ヴァレリアン 千の惑星の救世主」を製作。フランス映画最高額の製作費1億9700万€、レビュー投稿時のレートで約258億円の巨費が投じられたが、興業的には歴史的大惨敗で監督自身が破産寸前に追い詰められ、潮が引く様に多くの映画人が離れて行った。

それだけでは終わらず、女優、それも数名からレイプされたとタブロイド紙に告発され裁判沙汰に。それは「ANNA/アナ」本作製作途中の事件で、スポンサーである「Canal+」(日本で言うとWOWOW)からも訴訟を起こされ八方塞がり。アメリカ側のスポンサーLIONSGATEが送り込んだ優秀な弁護団のお陰で事件は不起訴に為ったが、フランス人が示談に応じるのは極めて稀。何よりフランス映画界で監督を擁護する人は皆無。日本では自業自得、身から出た錆と言う。

金銭面でもフランス国民としても追い詰められたが、映画人としても瀬戸際に立たされた日本大好き監督に、神風が吹く。海の向こうのハリウッドではアクション映画にもジェンダーの波が押し寄せ、女暗殺者が雨後の竹の子の様に現れた。ジャンルの先駆けと言えば古典「ニキータ」をモダナイズしたCharlize Theron「アトミック・ブロンド」だが、最近ではブラムハウスやA24に押され気味のLIONSGATEから「本家の意地を見せて貰えませんか」と日本で言う渡りに船が到来した。

キャリアの危機に瀕した監督が「ニキータ」過去の栄光を踏襲して、色んな意味で再起を図った本作。だが、ご覧頂ければ漏れなく時代遅れの点が目立つ。監督自身の女性蔑視と、それと表裏一体なマゾ気質な女性賛美は今に始まった事ではない。本作を「女性アクションの最高峰!」と崇めるフォロワーさんが居たら、そっとページを閉じて欲しいが、それは感性が昭和とは言わないが平成でアップデートが止まってますよと。同じプロットでJessica Chastain主演「AVA」も有るが此方は孤独な人間へのメンタルケアをテーマに掲げる時代性を纏う、ハリウッドらしい先見の明が有るので、是非見比べて欲しい。

全てがフェミニストに依るマゾ気質とは言わないが、女性をアイコン化して常に男性とリンクさせる演出ばかり。其処には女性に対する憧れが優先され、征服する概念はない。同時に男は助けられる側で、時には罰せられたりもする。裁判で監督がレイプした事は法廷で詳らかにされたが、公私混同で自分の作品の女優と結婚した事も一度や二度では無い。ハリウッドから2度と声が掛からないのは言うまでも無い。

作品の中身はテンプレートの上でも無いので論ずるに値しないが、監督が好きそうな主演Sasha Luss、彼女だけは良かった。事件の為に製作が中断する中で、フランス陸軍の協力を仰いで、一年間に渡る訓練を受けて暗殺者に見える様に鍛えていた。モデル出身でパリコレで監督が見つけた、何て噂も有るが静的シーンの演技力が乏しいとか、あの二の腕の細さで殺し屋なのか、等に目を瞑れば色んな角度の女性の表情を魅せる点は素直に褒めたい。日本語が話せるのは監督からのリップサービスだろう。

彼女自身はエキスパートに鍛えられ、VFXの助けに依るリアルな格闘シーンが見所だが、映画の中の訓練シーンは欠落し、彼女のスペックが観客に上手く伝わらない。戦闘シーンも派手な演出は有るが、それを繰り返すだけでは今のアクション映画は成立しない。レビュー済「ジョンウイック」に代表されるモダンな近接格闘術は、パターンを変化させる事でパンシロンの様に観客の食傷気味を緩和する事に成功。顔が割れてるモデルがスパイ、と言う実際には有り得ないプロットだけで勝負して、物語の具体的な要素がゴッソリ抜け落ちてる。時間軸を悪戯に前後させる小手先の編集で誤魔化すのではなく、アクションこそディティールが大切な事を、監督は完全に忘れ去ってる。LIONSGATEが必死に宣伝したのに、興行ランキング9位、アメリカの観客は正直である。

フランス映画はハリウッドに頼らない第3波の波に揉まれてる。監督の映画を見て育った次世代への継承、コンプライアンスを認識した性的概念の変革。監督が築いた功績は認めた上で、映画の都フランスは人の真似を嫌う本来の感性を取り戻すべく動き出してる。本作は監督の作風が時代に似つかわしく無い事を、再認識させてくれた。LIONSGATEがセッティングしたGayのLuke Evans、私の好きなCillian Murphy、姉御Helen Mirrenとスターが出演してるにも関わらず、Sasha Lussに夢中で彼らの俳優としてのステータスを汲み取る努力を怠る、その隠し切れない映画人としての衰えも露呈してる。

「監督は過去の人」決して悪い形容ではない。作り手と作品は別人格「レオン」がこれからも傑作なのは変わり無いのです。
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