亘

カブールのツバメの亘のレビュー・感想・評価

カブールのツバメ(2019年製作の映画)
3.8
【自由のない燕たち】
タリバン政権下のアフガニスタン・カブール。圧政の下町は活気を失い人々は自由を失っていた。若い夫婦、モフセンとズナイラは苦しい中でも未来に希望を持っていた。そんなある日2人の喧嘩から悲劇が起こる。そして希望を見失っていた刑務所の看守アティクを巻き込みさらなる悲劇を呼ぶ。

珍しいアフガニスタンを舞台にしたアニメーション作品。絵はペタッとした水彩画タッチでリアル感は少ないし描くものも少なめ。でもだからこそストーリーに集中できるし、リアル感少なめの絵だからこそ見られる内容だろう。特に石打の刑のシーンはアニメーションだからこそのシーン。それから本作はアフガニスタンの人々の暮らしやタリバンの支配について知ることができる貴重な作品。女性のチャドリは中東諸国のチャドル以上に身動きがとりにくそうだし、タリバン側にチャドリを着た女性が銃を持っていることは新たな発見だった。

カブールはタリバン政権に支配されてから一変した。街の片隅に座る老人が思い出すのは、カブールがもっと自由だった時代。街中には活気があり劇場はにぎわっていた。そして女性も出歩けて人々は歌ったりもしていた。しかし今では爆撃で建物は崩れ去り、活気は失われた。そして何より人々の自由が失われた。女性は外ではチャドリを着なければならず自由に出歩けなくなった。演劇や映画は禁止されて娯楽の代わりとなったのが公開処刑。市民に石打に加担させたり処刑を見せたりするのだ。水彩画の柔らかい雰囲気とは正反対の世界である。

モフセンとズナイラは、そんな中でも将来に希望をもって暮らしていた。彼らは大学で教育を受けていたために自由な発想をもっていた。特にモフセンは地下で自由教育を行うことを考えていたし、ズナイラもそんなモフセンを応援するつもりでいた。しかし2人の生活はある日変わってしまう。2人で外出した日、モフセンはチャドリ越しにズナイラにちょっかいを出す。それがタリバンの男たちに見つかりズナイラは罰を受ける。「すべての男が憎い」と苛立つズナイラは、ついモフセンを突き飛ばしてしまうのだ。

一方刑務所の看守アティクは、希望を失っていた。タリバン政権下の娯楽のない日常で、妻は病で余命が短く、自信は刑務所の前で見張りをするだけ。何の変りもない生活で勤務態度も良くなかった。そんな彼に転機が訪れる。死刑囚ズナイラが刑務所にやってくるのだ。初めはズナイラを好奇の目で見ていたが、ズナイラを逃がすために奔走することになる。
アティクの心変わりは、タリバン幹部たちの実情を見たことが原因だろう。市民を厳しく弾圧し男女関係には厳しい一方で、自分たちは女性たちと遊んでいる。さらにはズナイラの処刑を娯楽として市民のガス抜き程度にしか考えていないのだ。

アティクの奔走はいつしか妻を巻き込むことになる。余命わずかな妻が自らを差し出そうとする姿も心が痛むが、妻がアティクにかける言葉にも諦念が感じられて切ない。それにアティクは妻のことをそれほど気にかけていなかった様子なのに、作戦実行の日トラックに乗せられてからは妻ばかり見ている。それまで希望を持ってなかったアティクはズナイラ救出という希望を見つけた。しかし身近な大切な人を見失っていたのだ。

そして処刑シーン。アティクが妻の後を追うのは、それまで没交渉だった夫婦が最後にして関係修復したようで悲しい皮肉。それとは対照的に空に飛ぶ燕たちは希望を示していた。ズナイラはどうにかこの後も逃げ延びてほしいと願わずにはいられない。

印象に残ったシーン:アティクが妻を見つめるシーン。燕が飛ぶシーン。
亘