ベルサイユ製麺

PROSPECT プロスペクトのベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

PROSPECT プロスペクト(2018年製作の映画)
5.0
『プロスペクト』!!
…と聞いても何にもイメージが浮かば無いし、でも小規模SFは大好物なので、取り敢えず観ますよー…。


オンボロ宇宙船。辺境の星グリーンムーンで鉱物を採掘?採集する父デイモンと娘シー。
離着陸用ポッドの不具合で二人はあらぬ地点に着陸してしまうが、デイモンは“石”の採集の事しか頭に無い…。
宇宙小川で水を汲むシーの元に、別行動中のデイモンから無線…
「武装した二人組がいる。隙を見て逃げろ」
…二人の怪しい男に身柄を押さえられ連れて行かれるデイモン。銃を手に、息を殺し(多分)、彼等の後をつけるシー…。


…Sci-Kouです!!!
未だかつて、此処まで自分の好みにピタッとハマったSFが有っ…いや無い!即ち⭐︎5.0!!
冒頭のシーン、
“煤けたガラス状の窓越しに薄緑の惑星。…それをボンヤリ見るともなく佇む少女。彼女は見たことも無い・機能の想像もつかないヘッドホンをして、やはり見た事のない文字(しかも多分悪筆)で何やら文章を帳面に書いている。その部屋はまるで、松本零士の描く機関室(からレーダーを除いた)みたいに殺風景…”の描写だけでノックアウトされました。このユルいディストピア感。頭の中で、京都のドリーミー・チル・ポップデュオ“キセル”のアルバム『窓に地球』が自動再生されてしまいます。…因みに、実際シーがヘッドホンで聴いていたのは、『涙の太陽』(多分…)だったのですが。何故…?
この親子は恐らくなかなかの貧困層で、ローンで買った宇宙船で辺境の星に行っては、価値のありそうなものを回収販売する…というコズミック自転車操業で糊口を凌いでいるようなのですね。この手の”SFど真ん中からズレた”作品って一般的にはオフビート的・コメディ的だったり、或いはキャラクターが度を超して楽天的だったりする事が多い印象ですが、今作の場合はひたすらに隠。デイモンは基本的に愛想の無いムスッとした父親で、シーはそんな父の事を嫌っているわけでは無いけど、「何を言っても聞くまい」と諦めているみたい…。…何コレ、宇宙版ケン・ローチ⁉︎

で、この親子の乗る宇宙船(旧型の宇宙ステーションみたいの)は現在“グリーンムーン”という惑星の周囲を回る軌道に乗っていて、そろそろ此処を離れるっていうギリギリのタイミングでグリーンムーンに着陸する事にします。離着陸には小型のポッドを使うのですが、故障が有り想定外の地点に着陸してしまった訳です。
シーは「先ず修理…」と主張しますが、親父は「時間が無いから石を回収する」と話を聞きません。で、その挙句に…

…シーは、怪我をした(させた)宇宙チンピラと二人っきりで、この辺境の星を彷徨い歩くことになるわけです  …という物語は一先ずさておき!
この作品のテクスチャーが、ディテールが素晴らし過ぎる!!!良すぎて、ニヤニヤを通り越して独りで声を出して笑ってしまったじゃないか!愉快愉快!
例えばデイモンが“石”を採集するシーン。↓
“地面に口を覗かせる超巨大哺乳類の産道みたいな穴に刃物的なモノを握った手を突っ込むデイモン。やおら中から巨大な白目だけの眼球のようなモノを引き摺り出す。刃物でそれを小さく破き、中からピンクの肉塊のようなモノを取り出し、さらにそれを丁寧に剥くとメレンゲの様な塊が出てくる。それに薬剤をかけ汚れを落としていくと、水晶と琥珀が合わさった様なキラリと輝く鉱石が姿をあらわすのだ!デイモン曰く「膨張に穴が開くとカロム酸が出る。石に触れたら一巻の終わりだ」”
…そ、そうですか!大切なノウハウをどうもどうも…。全編に散りばめられた“手巻き充電出来るレーザーガン”、“応急手当キット”などなど、目を見張るべき全く知らない慣習が、しかもこれ見よがしで無くスルッと作品世界に溶け込んでいるというマジックリアリティ!…と書くと想起されるのは『キン・ザ・ザ』や『銀河ヒッチハイクガイド』などかもしれませんが、それら様なのオフビート感は皆無で、面白がっての表現では無い事は明白です。更に目を奪われるのは、細かいガジェットやメカニック、装具などを含めた美術全体の細やかさ!
ヘッドホン、リストウォッチや医療用具の様な日常的な生活様式を想像させる物の意匠の不思議な統一感。かと思えば宇宙服のデザインのバラバラさ(曲線主体のメビウス風だったり、CGみたいに直線だらけだったり)は生産国やメーカーの違いまで自然に意識させます。そして離着陸ポッドの全く機能性を感じさせないのに説得力の有る謎デザイン。ザックリ言えば、東側が宇宙開発を制した後の世界×スチーム・パンクといった風で、これらの美術全般が芸術的なまでのウェザリング、エイジングを施され、マジで神宿りまくり!もはやモニターのこっち側を上回る実在感を醸し出してきます。マジで、あっちに行きたい!自分が産まれるべき世界はあっちだったんじゃ⁉︎って思っちゃいますよ。あの!モジュール化したジェネラルリサーチみたいなカッコいいバックパック背負いたいよぉ!
とにかく世界観・社会観のビジョンがあまりに強固なので、グリーンムーンの景観なんて単なる南米辺りの原生林(にやたら胞子が舞っている)だけなのに、寧ろ“南米はグリーンムーンに似てるんだろうな”とか思っちゃう有り様ですよ…。
で、それらの素晴らしいビジュアルイメージに、単なる好きモノ向けのメカ設定集や80’sSci-Fiイラストのような”雰囲気物”に留まらない、圧倒的実在感を与えているのは、なんといっても主演のソフィー・タッチャーの知性と野生が入り混じったような少し神秘的な雰囲気(スウェットに着替えて自堕落に過ごしてるシーン最高!)と、ペドロ・パスカルの魅力的かつ弱さも併せ持つ小悪党としてのリアルな存在感、この2人の佇まいなのだと思います。別段ストーリーが派手なわけでも過度にドラマチックな訳でもないのに、2人の心境の変化が何となく伝わってきてしまう。…これは、私が入れ込みすぎてるせいなのかな…?
後半〜終盤の、セイターとの遭遇のイゾラド感、傭兵(?)達との闘いのリアルななし崩し感、全てが最高…に自分好みです。モンドっぽい挿入曲のセンスもヤバイ!光の描写がまた良いんだよなー。宇宙服のバイザーに映る希望の象徴の様な光。宇宙船を照らし尽くす遮蔽物ゼロのイノセントな光。ラストの切り上げ方もホント良い!

…という事で、直ぐソフト買おうと思って調べたんですが…。出てねぇだ。日本はソフト未発売で、慈悲深いカルチャー・パブリッシング様がレンタル用にフィジカル化してくださってるだけなのですね…。ああ、欲しい!ソフトが欲しい。
…こうなったら海外版に手を出しちゃうか⁇どうせセリフなんて大した意味ないしな。…いやー、悩む…。
地味SF好きの好事家の皆様、大推薦ですよ!!あと、藤子・F・不二雄の遭難ネタが好きな方にも!!!…でもって、“映画はストーリーが命!”って方には全くおススメじゃありません〜。