Aoi

静かな雨のAoiのレビュー・感想・評価

静かな雨(2020年製作の映画)
3.7
宮下奈都さんの原作を読んでから試写会にて鑑賞。

生まれつき足に障害を持つユキさんこと行助。
たいやき屋のこよみさんに惹かれ、あしげく通ううち、ふとしたきっかけで距離が縮まる。
行助が喜んだのも束の間、こよみさんが事故に遭ったと知らせを受ける。何日もの眠りから目覚めたこよみさんは新しい記憶を1日しか保てなくなっていた。


半分あきらめを持って生きてきた青年が偶然手に入れた高嶺の花。
せっかく一緒に過ごせるようになったのに、同じ世界を共有することができず思い人の間に壁を感じる。

思い出が積み重ならないことに行助がもどかしさを感じていたときに起こるある事件。
それでも同じような毎日をつないでいくことで、少しずつふたりの心は繋がっていく。


山を切り崩して作られた閉塞感のある街で、現代の真新しいモノの中に忘れ去られたような昔懐かしいモノが共存する空間。
色彩を抑えた映像の中に流れてくる来る環境音なのか音楽なのかわからない曖昧な音。それが不思議と心地よくいつまでも浸っていたいような感覚になった。

帰りにいつもより周りの音がクリアに聞こえるような気がしたのは映画の影響だろう。
そして天然モノのお月見たいやきを食べたくなった。




↓↓以下は原作も含むネタバレあり感想↓↓





本屋で手に取っておいた原作が素敵すぎて、余韻が強く残っていたからかもしれない、最初は原作との違いに引きずられてしまった。

でも映像で見せたかったことはすごく伝わってきた。

黄砂にまみれたスニーカー、リスのリスボンやブロッコリ事件など、印象的なエピソードはうまく組み込まれていた。
行助とこよみの周囲の人間設定はかなり書き変わっていたけど、ふたりの性格や価値観を表すようでキャスト陣も良かった。

一点だけ言うと、一番期待していた「静かな雨」の描写が想像していたのと違う感じになっていたことが少し残念だった。

消えていきそうな記憶の中の満月がまだ見えているのに現実で静かに降る雨。こよみが見ている幻想的な光景を行助が思い浮かべる表現だった。その「静かな雨」こそ、この物語の美しいエッセンスだと思った。

映画では月も雨も出てくるがどちらかというと、雨は行助の心情の変化として描かれていた気がする。
満月なのに雨降る夜、行助とこよみさんの間には階段があった。前は登ろうとはしなかった階段を足を引きずってでも上がり、こよみさんに届こうとしたとき、ふたりは同じ景色を見れるようになる。
淡々と進む原作にはないドラマチックな展開を盛り込むことで、観客を引き込む効果が生まれていたのは良かったと思う。


たとえ記憶の中に残らなくても、味や匂いを身体は憶えている。靴についた汚れにその人が歩んできた跡が残る。

日々何かを失ってしまうからこそ今を大切にするふたりには悲壮感はなく、むしろ柔らかい光に包まれていた。
Aoi

Aoi