岡田拓朗

静かな雨の岡田拓朗のレビュー・感想・評価

静かな雨(2020年製作の映画)
4.2
静かな雨

忘れても忘れても、ふたりの世界は失われない。

4:3で小さな世界を切り取り、何気ない日常を写実的かつ寓話的に、かけがえのない光として映し出している本作。
中川龍太郎監督にとっても初の原作の映画化であり、今までの作風とは違うが、何気ない日常にスポットライトを当てることで、その世界に彩りや深みが生まれていく形は変わらない。

相変わらず誰の日常にもありそうなひとときを、とても美しく煌びやかに切り取って映し出してくれる。
何気ない日常に光が当たるとき、そこにはもう特別な日常が広がっている。
例え当人にとってそうじゃなかったとしても、そう感じられるようになる。
そこから日常は捉え方と映し方、どう過ごしていくかで大きく変わっていくことが裏づられている。

美しく綺麗で映える映像に、絶妙な音楽が7〜8割方ずっと流れ続けることで、これでもかというくらいにこの世界観を後押ししている。

病気のために足を引きずりながら歩く行助。
少しばかりの生きづらさを抱えながら、特に未来に希望を持って生きているわけでもなく、日々をそれなりに生きている感じだった。
足を引きずりながら歩くことが、彼にとってこの世界で生きていくことの生きづらさを抱えていることを象徴している。

そこにたいやき屋を営むこよみと出会うことで、行助の日常に彩りが生まれていったように見えた。
淡々とこなすようにやり過ごす日常にささやかな楽しみができるだけで、その日常は確かに明るく色を持つような輝きが生まれる。

だがほどなくして、こよみは事故に遭い、新しい記憶を短時間しか留めておけなくなり、明日になったら今日のことを忘れてしまうようになる。

日常は確かに進んでいるのに、記憶は止まったままアップデートされていかない。
それでもそこには出会わなかったら生まれなかったであろう2人だけの世界がちゃんとあって広がっている。
それだけで十分すぎるじゃないかと思える。

その中でも料理、食事のシーンが特にとても丁寧に描かれている。
お金がなくても、モノが必要以上になくても、些細な日常をいかに大切にしていき、心持ちを変えるだけで輝き出す。
何気ない日常に楽しみや充実感が確かに生まれていくのだ。

お金やモノで満足感や充実感を満たそうとしても、どうしても限界が来る。
誰もがお金持ちになることができるか、余裕のある生活を送れるかと言われるとそうでもないだろう。
だからこそささやかさなことに対して、いかに生きがいや幸せを感じながら生きていけるかが大切なのである。
その中で食事とはいかにも、ささやかなことを毎日共有できる場であるからこそ、食事のシーンを大切に描かれたのかなと。

記憶がその日で終わってしまうからこそ、今を大切にしようと日々を生きることができ、同じように相手との時間も大切にできる。
そんな風に何気ない日常を特別なものとして積み重ねていくことで、人生に行き止まりのような感覚がなくなり、生きる意味も生まれ、ポジティブな気持ちで生きていけるようになる。

未来でも過去でもなく今を大切に生きる。
だからこの映画には過去も未来も映し出されない。
徹底的に今の気持ちに寄り添うように作られていて、それも各々の視点に寄り添った世界が中心に映し出されていく。

日常に光を当てることで、それは何事にも変えられない素敵で美しいものになる。
まさにそれを体現するかのような彼だからこそ撮れる映画だなと思った。

観て感じて満たされる。
何気ない日常が愛おしく思えてくる。

誰かと日常を営むことで生まれる尊さ。
そしてルーティンの心地よさ。

変わらない日常に対して感じることに限界を決めている人にこそ、観てもらいたい作品だなーと思いました。
感じ取り方だけでも全然変わるはず。

P.S.
仲野太賀と中川龍太郎監督は仲がよいようで、そんな2人がタッグを組むからこそ生まれるものもあったんだろうなと感じた。
相変わらず仲野太賀の演技は本当によい。
コミカルが特筆されがちだけど、こういう役の方が真骨頂だなと思う。
乃木坂46を卒業した衛藤美彩は特に演技をしてる感は感じなかったけど、自然体から放たれる精霊的な美しさや静謐な佇まいが何者にも変えがたいくらい魅力的。
これは自然体で出てるものだからこそ感じられるものだよなーと思った。
それ以外でも1シーンだけで圧倒的な存在感を植えつける河瀬直美がやはりよかった。
やや関西っぽさの残るきつくもあり優しさのある雰囲気。
それに中川龍太郎監督作品に河瀬直美が出ることが、バトンを渡そうとしているような感じがして何とも嬉しい。
2人は根底にあるものが近しい気がしているので。
自分が仮に映画をとなったらどんなのが撮りたいんだろうと考えるとこういうものだなと思うから、中川龍太郎監督作品を観ると映画を撮ってみたい思いがこみ上がってくる。