ジョアン・ジルベルトを探しての作品情報・感想・評価

上映館(6館)

ジョアン・ジルベルトを探して2018年製作の映画)

Where Are You, João Gilberto?

上映日:2019年08月24日

製作国:

上映時間:111分

あらすじ

「ジョアン・ジルベルトを探して」に投稿された感想・評価

こぼく

こぼくの感想・評価

3.1
ジョアンジルベルト追悼に見た。中盤がドキュメンタリーにしても冗長な気がした。あとなんでそんなにジョアンに会いたいのか、良く分からなかった。

あとマルコスヴァーレ出てきたのでビックリ。仲良かったんだなあ
Olive210

Olive210の感想・評価

3.5
あー、ジョアン。ジョアン、ジョアン、ジョアン。悲しくもあり、嬉しくもありあり、やっぱり悲しいけど、同時にジョアンの優しさを感じることができたのが救い。日本でのコンサートはドアの下に差し込んだ手紙のやり取りの末に実現したって話は本当だったんだ。ジョアンの声の魔法にかかった人は人生を狂わされる。狂わされるとまでは言わないでも、実際人生変わると思う。日本でのライブは本当に奇跡だったんたね。でも私の人生にジョアンがいてくれて良かったと思う。同じように感じている人がたくさんいるから、本人が行方不明で、生死が分からなくても(笑)路上でジョアンのお誕生日を祝う人たちがいる。どうして人を避けるようになったかは結局分からなかったけど、ジョアンは最後までジョアンだった。そう思いたい。年よりはどうしても年々頑固になりますから笑 したいようにさせてあげるのがよい、と無理やり締めます笑
ラウぺ

ラウぺの感想・評価

3.7
ドイツ人ライター(劇中では「作家」、検索してもあまりはっきり分かりませんが、ジャーナリスト、ライターという感じ)のマーク・フィッシャー(Marc Fisher)が2011年に出版した「オバララ ジョアン・ジルベルトを探して(Ho-ba-la-lá: À Procura de João Gilberto)」を監督のジョルジュ・ガショが手にしたことから、彼のジョアン・ジルベルトを探す旅の軌跡を追うドキュメンタリー。

ボサノバの神、「イパネマの娘」くらいしか知識のない私ですが、この作品はジョアン・ジルベルトその人の人となりを知ろうというドキュメンタリーではありません。
マーク・フィッシャーがなぜジョアン・ジルベルトの後を追おうとしたのか、それを知るための旅ともいえますが、それも作品中ではあまり明確には示されません。
ただ、マーク・フィッシャーがジョアン・ジルベルトの音楽に心酔していたこと、隠遁生活を送っていたジョアン・ジルベルトの後を追うことに一種強迫的な執念を燃やしていたらしいことが劇中で朗読される本の断片から窺うことができます。
聖地巡礼をして対象に少しでも近づきたい、というファン心理に通じるものであることは確かなことだと思います。

追えば追うほど遠くなる、陽炎のような存在にいつしか迷宮の中にはまり込んでしまったように抜け出せなくなったマーク・フィッシャー。彼は本の出版の1週間前に自殺したとのこと(劇中では「自ら命を絶ったともいわれる」との表現)。
監督もまたブラジル音楽に造詣が深く、マーク・フィッシャー同様にジョアン・ジルベルトを心酔していたことから、そのあとを追うことで、ジョアン・ジルベルトを追う2重の追跡劇としての構造がなかなか興味深いところ。
迷宮に隠れた対象者を追う者をまた別の者が追うという展開は『地獄の黙示録』でカーツ大佐を追った前任者の後を追うウィラード大尉のようでもあります。

ジョアン・ジルベルトがなぜ晩年人を避けた生活を送っていたのか、これまたよく分からないのですが、監督自身もまたフィッシャーと同じ、追えども追いつけないジレンマに陥っていくわけです。
終始挿入されるジョアン・ジルベルトの音楽、日本とはまるで異なるブラジルの風景、親しげでなんとも緩い感じの関係者たち、ゆったりとした流れのなかで、フィッシャーの会ったさまざまな人間とジルベルト縁の場所を追体験することで、そこに居ない主役としてのジョアン・ジルベルトのぼやけた輪郭が浮き彫りになっていきます。

監督もまたジョアン・ジルベルトの影を追うばかりで追いつけることはできないのか・・・と思いきや、驚きのラストを迎えるのですが、さて、あれはどういうことだったのだろう?と、観ている者を同じ迷宮に観客を引きずり込む監督の術中に嵌ってしまうのでした。
この展開は森達也監督の『FAKE』に近いものがあると感じました。

ジョアン・ジルベルトは今年(2019年)の7月に亡くなり、本当に追えども追いつけない陽炎となってしまったのが、この作品の余韻をより深める要素となったことは間違いないと思います。

このレビューはネタバレを含みます

そもそもの「僕(そして死んだ著者)が好きなんだから会って欲しい。なんなら目の前で歌って欲しい」という考えがよく分からない。だからなのか、垣間見える自己陶酔的な演出も鼻に付く。マネージャーに会えるのなら最初からそこを目指せばいいのでは。そしてラストシーン。なぜ、あそこでカットしたのか。なぜ最後まで聴かせないのか。そもそもあれは本当の出来事なのか。やはり監督の余計な作為が邪魔をする。

と、文句をつけたがるのはジョアン・ジルベルトが好きだから。映画的には素晴らしいラストシーンだと思う。

そしてパンフレットにある、日本人プロモーターが書いたジョアンとのやりとりを読んで、グッとこの映画のリアリティが増した。

不思議な男を追う不思議なドキュメンタリー、という結論に落ち着いた。
Tadaki

Tadakiの感想・評価

3.5
ジョアン・ジルベルトが終盤こんなにも世間から遠ざかって生きていたことは知らなかった。そして現代そんなことが可能なのか、と。


ジアマンチーナ、いいとこだなぁ。
あんなところでゆっくり生活したい。
数ヶ月で今度は都会がいい!っていっちゃいそうだけど。
ああ、サウダージ。

皆さんのレビュー通り、静かな語りとボサノバの音楽で開始10分ほどで、うとうとしてしまったのですが、30分過ぎた後からは普通に見れました。

んー、ちょっと長いかなw
トム

トムの感想・評価

3.7
オタクの聖地巡礼

愛してるしリスペクトしてるから会って自分のために歌ってほしい!ってそれ言い出したらジョアンキリないし、相手のメリット何?人に会いたくないって言ってるんだから本当に好きなら放っておきなよ…と同じオタク心持つものとしてはしこりが残った。

とてつもない人嫌いなのか、人が好きすぎるのか
閉じこもって人とのコミュニケーションを遮断しているのに、顔を合わせたことのない一人の料理人と深く電話で話しこんじゃうエピソードを考えると、人への愛が深すぎるからこそ新しい出会いが億劫になってる気がする。というかそうだったらすごく理解できる。

映画自体はゆったりしたジョアンジルベルト的ボサノヴァの雰囲気をそのまま映画にしてるみたいで心地良い。

場所がアートをつくるのか、?
めっちゃ寝た♪
嘘の話なのか本当の話なのか、見終えた後の方が煙に巻かれて。追えば追うほど膨らむイメージと追うことで紐解かれ露わになる正体との差異だけが、今ここの接点であり実感であり葛藤でもある。自分の中で積み上がったイメージを崩すことができること以上の喜びもないもんね。聖地巡礼やお墓詣りなどをする私には彼らの心理状態が手に取るようにわかる(強弱はあれど)、過去と現在と未来を行ったり来たりする揺れドキュメンタリー。
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