ヨーク

だれもが愛しいチャンピオンのヨークのレビュー・感想・評価

4.2
本作は『シュヴァルの理想宮』と同じ日に観たんだけどこちらも素晴らしい作品でしたね。面白かった。
物語は浅慮な行動で自分のチームと揉めたプロバスケのコーチがやけ酒飲んで飲酒運転で捕まって、懲役刑の代わりに社会奉仕活動として知的障害者のバスケチームのコーチになるというもの。しかも予告編によると作中の知的障害者たちは実際の知的障害者たちの中からオーディションをして役者を決めたというのだ。そんなの面白い映画になるだろ、どう考えても。という期待に胸を膨らませながら劇場へと行った。
で、実際に映画はどうだったのかというと最初に書いたとおりに面白かった。正直ストーリーとしては割とベタというか、自分が一番で他人のことを考えないような我儘な人物が知的障害者たちと関わっていくうちに変化して狭量な世界観から解放されていくというもの、というぶっちゃけ物語の展開としては映画が始まって15~20分くらいでオチまで想像できるようなものではあった。あったがしかし、本作は決して健常者と障害者の触れ合いを描いたようなよくある単純なハートフル映画でもなかったのだ。ストーリーの全体的な流れとしては上述したようにベタなものなのだが個々のシーンの繫がりとかが予測不能というかよく分からない感じで非常に面白かった。
というのも上述したように本作では実際の知的障害者が役者として映画のキャラクターを演じているということが大きいのだと思う。そこのところはどうしたって健常者の役者と比べたら違いは出てくるだろう。現場がどういう風だったのか俺には知る由もないが通常の映画の撮影と比べたら思いもつかないアクシデントや困難が多かったはずだ。知的障害といっても個人により様々なんだろうけれど長いセリフは覚えられないとか演出意図を理解してくれないとか、そういうのは日常的にあったのではないかと思われる。世の映画館で上映されている映画っていうのは大抵は面白いかどうかは別としてもキッチリ台本通りに作られて監督の演出意図なんかが作中に散りばめられているものなんだけど、本作は良くも悪くもそこがコントロールされていないと思うんですよね。いや、良くも悪くもじゃないな、この映画においてはそれらは全て奇跡的に良い方向に作用していたと思う。そういう意図していないであろうアクシデントも作品のテーマに沿っていたから幸運なことに良い効果を生み出したのだろう。
上で書いた個々のシーンの繫がりとかが予測不能というのも、普通の映画だったらこの展開は伏線になっていて後でネタばらし的なシーンがあるのだろうというような部分でも平気でスルーされたりするわけですよ。おそらく本作では役者の得手不得手なんかを考慮して全体的なストーリーに差しさわりがない部分は細かい伏線や本来ならばこうしたかったという演出なんかは度外視されたのだと思う。キッチリ作り込まれた劇映画ならそういうものは不都合でしかないのだが、本作はそういう個々人の特性に合わせて現場で適切な変化を付けていくということ自体が作品そのものにとって大事なことだったのだ。いや別に、適宜変化をしていくことの戦略的な重要性とかそういう硬いノリではなくて、単にどの方向に転がっていってもいいんじゃね、という良い意味での楽観的な部分もあってそういうところが凄く楽しい映画なのだ。
だって世間一般の認識からしたら「普通じゃない」人たちが主役なんだもん。その「普通じゃない」人たちの言動に自分だけがまともで正しいのだと思っていたおっさんが巻き込まれて行って、最終的にはそのおっさんの中にあった「普通」は少しだけ開かれたものになるのだ。おっさんが知的障害者たちの世話をするお話じゃなくて、まったく逆なんですよね。
面白いよね。人間賛歌の映画だと思う。
でもこの映画、俺が観た回では俺を含めて観客が7人しかいなかったんだよ。それだけが不満ですよ。平日の昼間の回だったけどさぁ。こんなにいい映画があまり日の目を見ないってのは納得いかないなぁ、とも思います。
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