もものけ

ワイルド・ローズのもものけのネタバレレビュー・内容・結末

ワイルド・ローズ(2018年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

夢の叶う場所、それは最も近い場所なのかもねぇ〜……。

産業の衰退する英国グラスゴーで、二人の子供を持つシングルマザーのローズは、犯罪を犯してしまい収監される。
12ヶ月が過ぎて出所するが監視装置付きで、地元のバンドでカントリー・ソングを歌うクラブを解雇され、母の家へ子供と暮らすがアメリカ合衆国ナッシュビルで、カントリー・ソング・シンガーとして成功したい夢を捨てきれず、不器用な性格に辟易しながら悩む日々だった。
しかし、紹介された仕事で向かった資産家の掃除婦として雇われることが、彼女の人生をかえることになる…。


感想。
なぜ英国なのにカントリー・ソング?という思いは、オープニング一分後には消え去るほどの印象的な出だしで、一瞬にして頭の片隅へ追いやられるエネルギッシュな出所シーンから始まる、歌姫のサクセスストーリー物語です。

カントリー・ソングは大好きなので、音楽を聴いているだけでもいいのですが、主演のジェシー・バックリーの粗暴で荒々しい不良少女のような演技が味があって良く、なんといってもその歌声の魅力が印象的な作品です。
歌手なのかと検索したら、オーディション出身で王立演劇学校卒業のバリバリの役者なので、持って生まれた才能の抑揚ある歌声は、とても素晴らしいものがあり劇中曲を吹き替えなしで担当しております。
よくあるスターへのサクセスストーリーだと、歌手を役者に起用することが多い中で、歌える役者として、しかもカントリー・ソングを歌う英国人という設定が面白いです。
アメリカ合衆国のカントリー・ソングのルーツは英国なんですけど、夢を求めて広大な荒れ地へ移住した白人達が、叶わない夢を諦められらかったり、生活の苦しさを表したりする哀愁がカントリー・ソングの魅力であります。

カントリー・ソング好きにはハマりやすい作品となってます。

サクセスストーリーも、貧困に耐えながら努力して努力してとか、オーディションを目指してチャレンジしてチャレンジしてというありきたりなストーリーではなく、粗暴で言葉遣いも悪く貧困地域の教育の低さから、すぐに調子にのってバカをやらかしてチャンスをダメにしてしまう主人公が、身近に感じられて逆に感情移入しやすくなっています。
カントリー・ソングを目指しているのに、楽器もできず作曲すらしていない天性の声だけが取り柄しかなく、想像よりも多い歌の才能を持つ人々の中で、どう印象的に魅せられるかを探す演出が斬新でした。
カントリー・ソング・シンガーは、ほとんどがギター弾き語りで、作詞だけでなく作曲までもこなす歌手が多く、アメリカ合衆国ではメジャーな音楽産業でもあり、競争相手は驚くほど多いジャンルでもあります。
哀愁あるギターメロディと、歌詞から訴えかけるメッセージが、最も魅力的で美しい音楽ともいえます。
あまりにも周りの才能が凄すぎて尻込みしてしまい、主人公が子育てと同じく悩む姿から生まれる詩が、ラストで登場するシーンは感動すら覚える演出です。

作品では邪魔する相手や敵対する相手は出てきません。
彼女の夢を邪魔する敵は彼女自身なのです。
夢を追い続けて、どれだけそれを続けることが、夢へ近づく一歩になっているかを主人公を通して描きます。

歌姫のサクセスストーリーではありますがこの作品は、母と子の愛情をカントリー・ソングにのせたドラマであり、二組の母と子(祖母と母と子)一家の絆をテーマにしているので、単純な成功物語とは違い深みがあるストーリーとなっている点も面白いです。

他のサクセスストーリーでは、チャンスを掴み始める主人公と共に高揚感を味わえる楽しみがありますが、こちらの作品では夢と現実の生活の板挟みから葛藤する姿が、痛々しく描かれております。
グラスゴー地域の社会的な問題や、シングルマザーとしての子育て問題など風刺して、社会性の強いテーマを含んでいるので、一気に登りつめる主人公ではないローズの苦悩がヒシヒシと伝わります。
躁鬱のようにころころ表情が変わるジェシー・バックリーの演技力が素晴らしくもあります。

チャリティーを偽った自分で演じることに耐えられなくなるローズが、子供との生活をとるなど、全く成功しない展開にハラハラします。
この子供達と向かったビーチのシーンだけ、とてもキラキラした美しい映像になっているのが印象的で、まるで家族で過ごした美しい思い出のように好きなシーンでした。

"子に夢を託すほうが楽なのよ"
とても印象的だったセリフです。
子育てという人間の当たり前になる生活が奪う自由と、諦めてしまう夢への天秤を後悔する"親"としての葛藤が切なくて、過剰に"子"へ強いてしまう親心を表しています。
貧困が貧困を生む背景なども物悲しく表現しております。

ラストまで登りつめる主人公の成功ストーリーがなく、はるばる辿り着いた夢のナッシュビルでもチャンスに恵まれずに故郷へ帰ります。
しかし、ラストに出てくるオリジナル曲”Glasgow”を故郷の街で歌うシーンは鳥肌物で、"どこより故郷が一番"という歌詞は、寂れた街グラスゴーの住民愛を歌ったまさにカントリー・ソングであります!
これを歌うジェシー・バックリーの歌声の力強さは、アカデミー賞かグラミー賞でも受賞できるほどの素晴らしさで、作品の最も魅力的なシーンになり、そのお手製のステージがナッシュビルの公会堂と同じスターが誕生した瞬間ともいえる演出です!!
ここまで歌うことを楽しそうに表現する役者も久しぶりに見た気がします。
作品の中で、ジェシー・バックリーが最も美しく光り輝くシーンであり、母と子供を見つめ優しく微笑みながら歌う表情に愛情を感じさせます。
アメリカ合衆国だけが"カントリー・ソング"ではないという強いメッセージを感じさせる斬新な展開でした。
カントリーなんだから地元ならどこでもカントリーであり、聖地を目指さなくても成功はあるという、若者への都会への憧れを否定するような表現でした。
久しぶりに劇中オリジナル曲で、心を揺さぶられました!
アップ・テンポも良いですが、やっぱりカントリー・ソングはバラードが一番好きです!!
何度も巻き戻して見返してしまうほど、映画史に残るパフォーマンス演出だと思います。

若者の無鉄砲さと、子育てへの責任を描きながら、ローズが成功する姿ではなく、責任へ決断する母親としての姿でラストを迎えているので、サクセスストーリーとして鑑賞していると物足りなさをかんじると思います。
でもこの作品は、サクセスストーリーがテーマではなく、親子の愛情を描いたドラマなので、主人公が和解した母親と、責任を負う子供への思い、そして捨て去ろうとした故郷に込めた全ての答えが、このラスト・ソング”Glasgow”へ込められております。
カントリー・ソングが主体なので、スターになる成功劇ではないのです。
ラストシーンのステージで全てを物語っております。

深いテーマを感じさせるドラマの傑作に、4点を付けさせていただきました!

カントリー・ソングは、やっぱりメロディが哀愁あって大好きなのでした。
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