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生きるのgenarowlandsのレビュー・感想・評価

生きる(1952年製作の映画)
3.7
お彼岸なので黒澤作品の名作を。
まず最初に思ったことは、
戦後7年でここまで復興したことへの驚きと、戦火をくぐり抜けて生き残れた人たちなのに、既に戦争を感じさせるものはなく、享楽に溺れ、縦割り官僚組織のルーチンの仕事でやる気がそがれている人びと。

市民課のワタナベ(志村喬)が死期を悟って市民のために初めてやる気を出したことを通して、社会の風潮を咎めた風刺の作品だと感じた。

しかし、黒澤は絵面も構成もいいが、そこに思想を感じられない。あくまでも娯楽映画であり、一人の人間の深みを掘り下げられていない。

ふと気になって黒澤の履歴を調べたら、やはり、陸軍士官学校の教員でもあった父親の計らいで兵役免除となっている。

戦後7年とはいえ、この時期に戦争のセの字も語らずに初老の男の人生を描くことの違和感。戦争を避けて通りながらの社会風刺と行政批判、黒澤は何を描きたかったのだろうか。

死ぬ気になれば、困難も越えられる。それはわかるし、死期を知って初めて生き始めたことも伝わってきたが、私には今一つ弱いメッセージだった。

志村喬は名優であり、目をカッと見開きかすれた声の演技には死を恐れる恐怖を感じられるが、それ以上に狂気を感じた。演出が過度で、そのまま静かな演技の好好爺の方がより一層に死の恐れを感じられるのに。

大ファンの伊藤雄之助が小説家として登場して気分が上がった💓。うまいなあ。あらゆる感情を表現できる。しかしなぜ彼がチンピラに成り下がったのかは不明。でもそこに恥ずかしさと哀しみを語らずに表していた。天才と言いたい。顔立ちが似ている嶋田久作も好き。大ファンのマックス・フォン・シドーも似ている。このクセある怪演がタイプ。

天真爛漫な女子事務員小田切みきはチャコちゃんこと四方晴美のお母さんだったのね。この満面の笑顔が母娘でそっくりで可愛いくて懐かしかった。

構成がダイナミックでおもしろかった。前半でワタナベの苦悩から決意までの内面を描き、後半はそれを外から見て考え共有しようとする。この構成は面白いんだけど、結局、前半でワタナベの心の内を描ききれなかったことへの、蛇足な後半であり、心の問題を事実の列記でしか表せない黒澤の限界であると思った。

なんて、世界の巨匠を批判してしまったが、社会生活をふつうに営む市井の人びとの細やかな気持ちより、劇的な架空の世界で生きる架空の人間をダイナミックに創造し構成する娯楽映画の監督なんだなと思った。

もちろんすごいと思ったシーンはある。それは志村喬の演技に負っているのだが、小田切みきの芳しい若さに惹かれる初老の男がその理由がわからず、言葉をつまらせながら言葉を探すシーン。生きる力や瑞々しさ、命の輝きへの憧れを言葉に表さないところがよかった。

期待と違ったのでスコア上げられなかったが、黒澤作品の何を味わうべきかがわかってよかった。

同じテーマで他の監督だったらどう撮るかを考えると面白い。

追記
あの事務所は、まるで『未来世紀ブラジル』みたいだった。
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