えんさん

生きるのえんさんのレビュー・感想・評価

生きる(1952年製作の映画)
4.0
某市役所の市民課長、渡邊勘治は三十年無欠勤という恐ろしく勤勉な経歴を持った男だった。しかし、ある日に体調の異変を感じ、その日初めて欠勤をした。彼は病院へ行って診察の結果、胃ガンを宣告されたのである。勘治の息子・光男が5歳のときに、妻には先立たれてから、男手一つで光男を育て上げ、無事に妻を迎え、息子夫婦と慎ましやかな共同生活を送っていた。しかし、ただがむしゃらに働き、育て上げた息子は親を少々邪険にする始末。役所仕事も何事も当たり障りなく進めてきただけの勘治にとって、迫りゆく死は恐怖でしかなかった。差し迫る死を前に、勘治はどう生きようかと模索し始めるのだが。。ご存知、黒澤明の1952年の名作をデジタル・リマスター&4Kでの上映した作品。主演の勘治を演じるのは志村喬。

映画館から名画座というものがなくなりつつある中、東宝が2013年頃から全国のTOHOシネマズ系列を中心に、洋画・邦画の名作をデジタル・リマスターでスクリーン上映する、「午前10時の映画祭」。僕は、「雨に唄えば」や「ローマの休日」、「2001年宇宙の旅」など、2000年頃のミニシアターブーム頃に突発的に行われていた、過去作のデジタル・リマスター特集にはちょくちょく行っていたのですが、この「午前10時の映画祭」シリーズは観たことがなかったんですよね。シニア層を対象にしているのか、文字通りに午前10時前後に上映開始される日に1回というのが多いので、なかなかタイミングが合わないのが正直なところ。サラリーマン世代に訴求するためにも、例えば、平日のレイトショーとかにも上映回を増やしてほしいな、、と思うのですが、東宝さんはどうなのでしょうか??

といいつつ、今回は黒澤監督の名作「生きる」を観てきました。黒澤監督作品というのは実はあまり多く観ていなくて、他にも、「七人の侍」、「天国と地獄」、「椿三十郎」くらいかな。。家で見たりしてもいいのですが、やはり集中した環境で観るのには映画館が一番。スクリーンならではの活きる演出というのもあると思うんですよね。4Kでの上映というのも楽しみでした。

本作は初鑑賞で、まず感じるのは、お話の展開が実にいいこと。冒頭、”神の声”から勘治という人物の今後が語り口調で示唆され、作品の前半は主人公・勘治の主観で物語が進んでいきます。そして中盤でいきなり、勘治の死後に飛び、お葬式での語りの中で第三者視点での勘治という人物が語られる。主人公だから、勘治にフォーカスがあたるのは当然といえば当然なのですが、一人の人物を語るのに、これだけ豪華な語り部が用意されるというのは凄いの一言です。翻ってみると、これは勘治という人物が何気なく、ただ単調に生きてきた一人の人物(モノローグ調)であったのが、自分の仕事に生きる糧を見出して、多くの人に影響を与えた人物に大きく成長していったことに尽きるのです。それが複数の他者によって語られる勘治像という形で表現されていく。そして、その勘治のことを語る一人一人にとっても、勘治という人物に投影される、各々の自分を見つめるようになっていくというのも面白いところ。ラストに、ある人物が勘治をすごく尊敬して褒め上げても、なかなか自分がそうなりきれないことへのもどかしさが表現されるところに、そのことが現れたりするのです。

そして、映画らしいところといえば、映像に投影される人物によって、勘治が感じる苦悩や混乱、そして安らぎが表現されていくところでしょうか。特に、飲み屋で出会った小説家に連れ出され、勘治の知らなかった夜の浮世の世界をめくるめくところや、事務員の小田切の屈託のない笑顔で人生を前向きに生きているところなどは、映像は白黒といえど、すごく奥行きと喧騒感の感じる映像空間を作ってくれています。これだけの独特の動きを撮れる人というのは、現代にはいないでしょう。これがカラーだったら、すごく色彩感溢れるカラフルな世界が広がったことだろうと思います。

製作年が1952年ということもあり、当時の街並みや舗装されていない道路、古き日本家屋や、書類だらけの役所の様子なども今見ると、これが日本なのだろうかと思わせるところも満載です。映画本編とは少し関係ないですが、こうした時代感を感じるのも、古き名作を観る面白さでもありますね。