ヨーク

EXITのヨークのレビュー・感想・評価

EXIT(2019年製作の映画)
4.2
チケットを確認したら『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』と同じ日に観ていたので多分これも『象は静かに座っている』から立ち直るために軽いノリの映画を観たかったキャンペーンの一環だったのだろうと思います。まぁ見逃した映画だったので機会があれば観ようとも思っていたんだけど。
しかし面白かった。老若男女問わずに広くお勧めできるという点では俺が今年観た映画の中では一番面白かったと思いますね。韓国映画といえば先日アカデミーを獲った『パラサイト』が記憶に新しいですが本作『EXIT』も素晴らしい。誰にでもお勧めできるという点では俺は『EXIT』の方がよくできた映画だなぁと思うくらいです。
もう導入から面白かったんだけど大学を出たはいいが無職の就職浪人ヨンナムが平日の昼間から公園で鉄棒をするシーンから始まる。鉄棒といっても前回りや逆上がりで微笑ましく戯れるようなものではない。本気だ。体操選手かと思うほどの本気の鉄棒だ。というのもヨンナムは学生時代に山岳部に所属していたのでフィジカルには自信があるようで、その鉄棒シーンは主人公が高い身体能力を持っていることを示すシーンなんですね。それと同時にいい年して昼間から何もやることがないヨンナムを紹介するシーンでもある。ヨンナムの鉄棒演武を見て近所のおばぁちゃんが拍手するシーンとかこっちの胸が痛くなるし、たまたま公園に遊びに来た甥がフリーターのヨンナムに対して他人の振りをするのも泣ける。そんなコメディタッチの冒頭から最高に面白かったですよ。
ただ本作は就職活動を通して描かれる青春映画とかではなくパニック・アクションものなのでそこから大きく物語は動く。なんと主人公の両親の古希の祝いかなんかで訪れたイベントホールで宴会してる間に毒ガステロが発生して街は毒ガスに覆われてしまい、主人公たちはイベントホールの入ったビルから出られなくなってしまうのだ。そこから如何にして脱出するのかが映画のメインである。しかもそのイベントホールではそういう式場とかイベント関係の会社に就職したのであろう大学時代の山岳部の後輩でヨンナムの想い人でもあったヨナ演じるウィジュもいたのだった。フィジカルには自信のある(フィジカルにしか自信のない)主人公ヨンナムは家族と憧れの後輩を守ることができるのか! ここでいいとこ見せたら昔上手くいかなかった彼女とも何とかなるかもしれないぞ!
いやこれは熱いね。映画の内容思い出しながらあらすじ書いてるだけで記憶がよみがえって何かテンション高くなってきたよ。ろくに就職もできなかった穀潰しが極限状況で活躍するってのはベタではあるけど面白いですよ。まったくヒーロー然としていないどころかむしろ(フィジカル以外は)平均以下の男が主役なんだからそりゃ感情移入もするってもんだ。でも面白いのはそういう設定だけというわけでもない。
『1917』の感想でも同じことを書いたが本作も非常にゲーム的な映画だと思う。毒ガスは地上から徐々に高度を増していくのでどんどん上へと逃げなければいけない。そこで縦の移動がメインになるのだが映画的お約束で非常階段のドアに施錠してあって開かなかったりするんですね。そこでヨンナムは山岳部での経験を活かし、ビルを山肌に見立てて体一つで決死のクライミングをするわけですよ。その際にクライミングだけでなく都市空間の中で走ったりジャンプしたりと様々なアクションを見せてくれる。走ったりジャンプしたり絶壁に掴まったりとか、まさに古くからのアクションゲームの基本ですよね。ていうかまんまマリオじゃん、と思いましたよ。あと俺はプレイはしたことないけど『絶体絶命都市』とか多分こんな感じだったと思う。山岳ではなく人工的な建物を踏破するために登山道具を応用するのもゲームっぽいし、防毒マスクに時間制限があるのもゲーム的。登山とは全く関係のない各種道具を活用するのも如何にもアドベンチャーゲーム的ですよね。鉄アレイの件とかマネキンの使い方とか最高だったよ。
そういうゲーム的なノリとかも映画を面白くするための工夫としてすごく効いてるんですよね。多分本作は超大作というほどでもなく結構な低予算で撮ったんじゃないかなと思うけど、色んなシーンにちょっとしたアイデアとかクスっとくる笑いが詰め込まれていてとても好感を持てます。同世代の親戚同士のグダグダ感とか最高だし、冒頭の宴会シーンで母親をおんぶするシーンが物語の締めにうまく繋がったり、カラビナが重すぎて持てないウィジュの可愛さ全開のシーンとか、もうエンタメ映画として100点あげたくなるラストでしたね。
でも単に良く出来た面白映画というだけでもなく、本作は結構切実なテーマを扱った作品でもあると思うのだ。最初に書いたように主人公のヨンナムは就職浪人の身。『パラサイト』でも描かれたが韓国社会では大学浪人や就職浪人は即社会からの脱落を意味し、負け犬人生の烙印を押されるようなものだと聞く。実際、作中で姉にせっつかれてたようにヨンナムは結構マズイ状況であったのだと思う。でもその社会的な構図も上手く映画の中に落とし込められていて、本作は上述したように地面から上がってくる毒ガスから逃げるために上を目指すのだがそれはそのまま社会構造を縦に突破してやろうという脚本的な意図もあるのだと思う。また、一度ビルの屋上まで逃げおおせた後に今度はビルとビルの間を綱渡りしていくという横の移動がメインになるのだが、これもまた学歴や学閥で固められて固定化された社会に対する批判で学歴や専門分野の違う多くの人たちとの横のつながりの重要さを示唆するものだという気もする。実際に作中で縦にも横にも自在に移動することができる現代的なアイテムとしてドローンが登場して物語に絡んでくる後半は全方位に空間が大きく広がったような気がして楽しいのだ。その上でヨンナムはそのドローンに向かって「僕たちを見つけてくれ!」と言う。これって受験や就職に失敗して韓国社会からドロップアウトを余儀なくされた人たちの叫びでしょ。『パラサイト』の半地下家族と同様に社会から不要でないものとして扱われているような人間が「俺たちはここにいる」と声を上げてるわけですよ。そういう社会的かつ構造的な問題を毒ガスによるパニックアクションに見立ててエンタメ映画として成立させる手腕は素晴らしいとしか言いようがないですね。この映画は本当に素晴らしい脚本だと思いますよ。素晴らしいのは脚本だけではないけど。
それでもって全然辛気臭かったり説教臭い感じもしないしね。むしろ最高に気持ちいい気分で劇場を出ることができる映画なのでこれはおすすめしかないです。
チョ・ジョンソクもユナをはじめとした役者たちも素晴らしかったな。めちゃくちゃ面白かったです。
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