カツマ

アルプススタンドのはしの方のカツマのレビュー・感想・評価

4.0
フレームアウトしていた青春。どんなに頑張ってもスポットライトは当たらなくて、いつも『しょうがない』と思いながら自分の影を見つめてた。でもそんな日陰の方から声がする。泣きながら叫ぶ声が、フレームの外から弱気な自分を諌めるように飛び出していく。それは誰にでもある青春。スタンドのはしの方で煌めいた、誰にでも平等な不器用すぎる刹那の時。

元ネタは兵庫県の東播磨高校演劇部が全国高等学校演劇大会で最優秀賞を受賞した戯曲である。それが浅草で舞台化され、好評を博してついには映画化にまで漕ぎ着けたのが本作だ。アマチュアの演劇部から始まったストーリーが、舞台、そして映画化へと繋がった、という製作過程自体が奇跡のような実話であり、キャストも舞台版の出演陣をそのままスライドしてきている。監督はエキセントリックな映画からピンク映画まで何でもござれの名匠、城定秀夫。舞台発祥らしいシチュエーションドラマを野球場のスタンドに設定する、という異色さを大いに楽しんでほしい作品だ。

〜あらすじ〜

演劇部の安田あすはは、執筆した渾身の戯曲を大会で上演できなかったという過去を持つ。その時に担任に諭された言葉が『しょうがない』の一言だった。
それから時は経ち、甲子園のスタンド席にて。入間東高校は公立高校ながら甲子園に出場し、一般の学生たちも応援のために甲子園にやってきていた。その端っこの方に安田あすはは、同じく演劇部員の田宮ひかると共に座っていた。閑散とする後方席。野球のルールが分からず、まともな応援もしない二人。そこに元野球部の藤野富士夫がやってきて、次第にあれこれと野球の説明をしながら交流する三人。スタンドのさらに端の方では成績優秀ながら人付き合いが上手ではない宮下恵が、グランドに視線を投げていた。そこに応援のしすぎで声を枯らした厚木教師が現れて、『お前ら!声を出せ!』とやんやの喝を入れて去っていった。スタンドの端っこにいる四人。大して仲良しでもなかった四人が応援を通じて一つになって、いく?

〜見どころと感想〜

この映画は元々戯曲として作られているため、舞台劇を大きなスクリーンで見ているかのような作品となっている。場面はほぼ野球場のスタンド席、なのに前半はコメディ要素をたっぷりに、後半は徐々にエモ過ぎる青さに包まれ、いつのまにか80分弱の上映時間は過ぎ去っていることだろう。端っこの面々だけにクローズアップした話ではなく、どんな若者にも悩みがあって、それぞれに平等に寄り添っている物語には大きな温もりを感じた。グラウンドは一度も映らずとも、とある選手には特に親近感を感じてしまうことだろう(笑)

キャストはあすは役の小野莉奈、田宮役の西本まりん、宮下役の中村守里は舞台劇から続投。そこに平井亜門、黒木ひかりらを新たに迎え、映画版へと改変している。どこか憎めない暑苦しい教師を演じた目次立樹による、渾身のしゃがれ声シャウトには序盤のコメディ要素を引き受けるパワーがあって、少しでもツボに入ってほしいところである(笑)

後半にいくにつれて舞台劇っぽくなっていくけれど、そこには10代のあの頃にしかない青さがあって、大人になってしまった自分から見るとやっぱり少し気恥ずかしい。でもそんな懐かしさが、カッコつけてしまう未熟さが、そしてどうしようもなく眩く拓けていく未来が、こんなにも光り輝いて見えるから、その眩しさにいつのまにかじんわりと胸の芯を打たれてしまった。明かりは届く、そう、スタンドの端の方にも。その声はいつだって届けられるところにあって、飛び立つ日を今か今かと待っているのだから。

〜あとがき〜

非常に話題になっている本作、舞台劇をそのまま映画へと転用し、尚且つ退屈させないという意味で展開力の旨さと斬新さを感じましたね。場面転換が少ないのにここまでドラマを生み出すことが出来るなんて、元ネタの素晴らしさと映画へのアレンジ力の高さは結実した次元に到達していると思います。

青春時代って素直になれなくて、だからこそ前に進むのには勇気がいって、その一歩をハラハラと見守っていたくなります。この映画はそんな若者らしさを存分に内包した作品だったと言えそうです。まだまだ公開館が少ないのでもっと話題になってくれたら嬉しいものですね。
カツマ

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