大学の2つ後輩に大川さんという女の子がいた。
関西弁で言う「ええしの子」、つまり良家の令嬢であった。
なんでも大川さんの父上は、大阪は大正区にある大きな製鋼所の専務だという。
ま、それはさておき。
リドリー・スコットが日本ロケの映画を撮るという話に、当時大学の映画サークルにいた我々は大いに盛り上がった。
「大阪とか神戸とかで撮るらしいで」
「うわ、めっちゃ地元やん!」
それからいよいよ撮影が始まったという報を受けて、サークル内はこの映画の話でもちきりだった。
「梅田の阪急でロケしたらしいで」
「ミナミの引っ掛け橋でも」
「ええっ! グリコの看板とか、めっちゃ『ブレードランナー』みたいになるんちゃうん?!」
そのとき、脇で聞いていた大川さんがぽつりと言った。
「えっと、うちのお父さんが勤めている工場でもロケするらしいです」
我々はどっと沸いた。
「え?! 大川、それマジ? めっちゃすごいやん! 天下のリドリー・スコットやで」
そして映画が封切られた。
松田優作が若山富三郎と密談する工場のシーン。
とつぜん日本語の場内放送が聞こえてきた。
「大川さん、大川さん。第二会議室までお願いします」
当然実際の操業を停止して撮影しているわけだから、偶然録られた音ではなく、効果音として入れているわけだが、多分ロケハン中にでもそういう放送があって、リドリー・スコットが気に入って採用したんだろう。
「ブレードランナー」の「何か変なもの落としてったぜ」のループみたいなもんだ。
ともかく、我々は大いに驚いて、「大川、お前すごいな」ってことになった。
まあ、大川さんが凄かったわけではないんだが。
当時、大学に入ってきたばかりだった大川さんも今では2児の母。
上の息子さんはこの春から大学生になったという。
いやあ、みんな歳をとったもんだなあ。
自主映画を撮っていた当時の我々が「ほんものの映画」になんとなくニアミスした最大の事件がこれだった。
もっとニアミスでいえば、さらに一歳下の後輩が後に女流映画監督になったのであるが、それはまた別のお話。