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劇場のmのレビュー・感想・評価

劇場(2020年製作の映画)
3.8
ひたすら悪い意味で芸術家気質の男と彼に健気に尽くす優しい彼女、彼らの日々のエピソードの点描は映画的な時間の流れとしてまとまっている。撮影・照明や美術といったスタッフワークの良さが映画を支えている。行定映画としては久々にそこまで悪くはなかった。

個人的にちょっとなと思うのはとにかく原作の時点でめちゃくちゃ旧態依然とした物語であるという事。それでも2人の関係がちゃんと破綻する事には昔とは違うそれ相応のリアリティがある、か?
とにかく倫理感が無理、主人公の受け入れがたい駄目さを作り手が『でも夢を追う男ってそんなものだよね』とどこか自己憐憫的に甘ったるく見つめているのがしんどい。甘い思い出と憐憫に浸るのではなく、彼を厳しい現実に向き合わせた上で一歩踏み出させる事が作り手に必要な覚悟と優しさだったと思う。

まず冒頭の出会いが既にヤバイのだけど、その後の序盤の山崎賢人が伊藤沙莉に暴言を吐くシーンで無理だった。
イラッとしたりプライドが傷つきそうになるとつい暴言を吐いてしまう、という主人公の個性の表現である事はよく分かるのだけど、『演技が下手』とかではなく『ルックスが良くない』という言葉を作り手が罵倒の台詞としてチョイスする、そしてその事に対して主人公が彼女に何もフォローしないというのが厳しい。


山崎賢人の虚さの利用は巧くいっていて、彼はこのある種の『汚れ役』に今までにない程ハマっている。今回彼は彼史上一番まともな芝居をしたと思う。彼に必要だったのはこうした『壊れた人』の役だったのかも。
それでも重要な局面でのサシの芝居になると彼は弱い。チャリ2人乗り長回しは良かったのだけど、ラストの松岡茉優との切り返しでは力み過ぎたオーバーアクトになってしまい彼女に負ける。King Gnuの井口理と対峙する場面ですら、(役の上でも気圧されるとはいえ)演者としても彼は専門外の井口に気圧されている。それにしてもこの場でも堂々としているKing Gnu恐るべし。

松岡茉優の役の『非実在聖母感』は凄まじくて、目を覆いたくなる。日本小説&映画界は未だにこんな事してるのね。彼女の優れた演技力をもってしてもこのキャラクターの嘘っぽさは拭きれない。後半でキレ始めるのは良かったけど。相変わらず彼女は本当に巧いだけに、勿体ない。

脇を固める若手俳優陣も皆巧くて、それ故に残念な気持ちが高まる。

小劇場だけでなく古書ビビビや下北沢CIRCUSといった下北の風景、新宿の紀伊国屋書店、高円寺の商店街にボロアパートとそれぞれの街の空気感が良く出ているのは良かった。どこも馴染みのある場所なだけに。

登場する下北沢の小劇場の数々がめちゃリアルなのだけど、恐ろしい事に全てセットらしい。言われないとロケだと思ってしまうレベルで、行った事のある空間なので余計に美術の凄さが伝わった。
多くのシーンの舞台になる彼女の家もセットだろうけど、美術と照明が優れているのでセット感が全く無く完璧に生活感や街の感覚が醸し出されている。

劇中に登場する小演劇もいちいちリアル。スタンディングオベーションは無い気がするけど。

『ちょっとキレたり感情が乱れたり気が緩んだりすると方言が出る』のは地方出身者あるあるというか、自分が全く同じなのでよく分かる。そういう細かいディテールは良かった。



絶対こうするだろうなと思っていたメタフィクション的なラストはかなり甘ったるい。彼女はたぶんあそこには来ないよ。
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