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列車に乗った男のTAのレビュー・感想・評価

列車に乗った男(2002年製作の映画)
4.5
 定住する家も持たず長年に亘り裏稼業によって身を落としていた革ジャンの中年男ミラン(ジョニー・アリディ)と、元フランス語教師で街を出ることなく代わり映えのない日々を過ごす壮年の男、マネスキエ(ジャン・ロシュフォール)。
 ある目的のためにオフリゾートの街にやってきたミランは、立ち寄った薬局で狭心症の薬を買いに来ていたマネスキエと出会う。生まれつきのお喋りであるマネスキエにうんざりしながらも街のホテルの休業もあって仕方なく数日間彼の家で世話になるミラン。お互いの素性も知らないままだ。

 一人が自分の過去を自虐的に語れば、一人は静かにそれが羨ましいと言う。
   彼らはいつの間にか同じ想いを抱いていた。

” 彼の生きてきた過去は、自分が選択しなかったもう一つの生き方なのかもしれない”

   くたびれ果てた相手の姿に自分が過去に捨て去った理想の輝きを見出し、人生で果たせなかった夢が重なっていくにつれ、僅かずつだがお互いの心と行動に変化が表れ始めていた。
 そして運命の土曜日を迎える。
   

  “ この日を境に、明日から新しい人生を生きてみたい ”

 夢見ていたもう一人の自分の姿。叶えられなかった人生の夢。子供のころは恥ずかしげもなく語っていた将来の自分について。
 年齢を重ねる毎に今の自分を苦しめる「こんな人間になりたかった」「こんな人生を歩みたかった」という声に出せなかった願望。それは"老い"に対する恐怖でもある。
 全く異なる人生を歩んできた二人の男の邂逅がお互いの老いた心に与えたものは、思い描くことさえ憚られていたもの、もはや叶うことがないと諦めていた夢や選択しなかったもう一つの生き方を認め肯定する“深い愛情に満ちた受容の心”に他ならない。それは彼ら自身の魂にとびきり美しい彩りを蘇らせたことだろう。
   ミランとマネスキエの視線がオーバーラップした時、二人が互いの姿に投影した夢が、新しい始まりを迎える。
 彼らの物語は、刻まれる列車の音や流れる景色とともに、青く美しい輝きに包まれて走り去っていった。


 こういう映画に胸を熱くさせること自体、自分自身がもう若くない証拠なのかもしれない。しかしそれでも、過去を持っているからこそ大人には大人にしかない輝きがあるのだと思える。それは劇中でミラン(ジョニー・アリディ)がはっきり言ってくれたことだ。俺も自信を持って鏡を見てやるさ!
   公開年から早々とDVDを購入し毎年1回は必ず観直している本作。回を重ねる度に新たな気付きと胸熱ポイントが増す事態に、戸惑いと喜びがある。

   しかしあれですね。何度も観る映画ほど、何だか言いたい事がまとまらないな。
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