なべ

KCIA 南山の部長たちのなべのレビュー・感想・評価

KCIA 南山の部長たち(2018年製作の映画)
3.2
 ぼくが高校2年生だった頃、隣国で起きた事件。コリアゲートから朴正煕暗殺に至る数十日間の話だ。一応、登場人物の名前は微妙に変えてあるけど。
 関西は在日朝鮮人が多かったこともあるが、単純に授業で習う世界史より、韓国のきな臭いイザコザの方がずっとリアルでおもしろかったという理由で記憶に残っている。今の韓国しか知らない人には、拳銃で側近が大統領を射殺って野蛮すぎ!と思うかもしれないが、当時の韓国はやっと世界最貧国から脱したばかりの二流国家。血生臭い政変は珍しくなかったのだ。

 眼鏡と髪型のせいもあるけど、いつもイケてるイ・ビョンホンが今回は全然イケてない(とはいえかっこいいけど)。刻々と変化する大統領側近たちのパワーバランスのなかでもみくちゃにされ、追い詰められ、孤立していく金部長が哀れ。イ・ビョンホンの哀愁たっぷりな演技がスクリーンの向こうから沁み出してくる。いいなあ、カッコ悪いイ・ビョンホンも。
 この覇権争いの描き方がいやらしいのなんのって。韓国映画のお家芸だけど、思ったことを口にする韓国人の言い争いがとにかく醜悪で不快度MAX。79年の韓国の権力の中枢でこんな低レベルなやりとりがあったのかと思うと呆れ返る。こちらとしては次第に憔悴していく寡黙な金部長を応援したくなるのだが、いろんな視点を全部乗せしてるせいで、ちょっと肩入れしにくい。まとまりに欠けてるというか、史実にできる限り沿い、公平であろうとした結果、情報を盛りすぎて、事件を知っているぼくでさえ、何が起きているのかわからないところがあった。
 史実の映画化は演出の加減が難しい。タクシー運転手のようにあまりにも改変されると白けてしまうし、本作のように忠実に、公正であろうとすると、わかりにくくなる。ぼくには「工作」でのあの感じが一番しっくりくるのだとわかった。
 それにしても盗聴からクライマックスにかけてのシーンは最高だった。朴大統領の琴線に触れる金部長の何とも言えないあの表情といい、憤怒にまみれた射殺シーンといい、感情の振り幅があんなに大きいのに説得力のある確かな演技に息も止まるから。一発で仕留められないリアルさも、途中でジャムる銃もリアルすぎて、なんちゅう演出だと思ってウィキったら、なんとそのまま事実だった。だよなあ。あんな演出は思いつかないもん。血だまりで滑って転ぶのもそう。転倒が事実なのかは不明だがあそこもリアルだったなあ。コケるイ・ビョンホンなんてなかなか観られないもんね。ディスクがあったらこのチャプター だけ繰り返し観ちゃうな。

 中盤、大統領と金部長が「あの頃はよかった」と日本語で話すシーンがあるが、一緒に観た平成生まれはピンときてなかったようだ。ちなみにあの2人が若かりし頃は日本が統治していた時代。たぶん国籍も日本だったはず。日本軍にも入隊したのだろう。程度の悪い日本人からの差別はあっただろうが、法と秩序と教育が全国民にもたらされ、前を向き、より良い国にしようと志を持ったコリアンがプライドを持って生きた時代なのだ。
 小さい頃、在日朝鮮人の家には遊びに行ってはいけないと言われていた。でも子供はそんなの知ったこっちゃないから、平気で彼らの家に上がり込んでた。
 坊ちゃん坊ちゃんとたいそうかわいがってもらったし、焼肉や辛いけどとてつもなくうまいキムチもよくごちそうになった。そんな友人の祖父や祖母(在日一世)が韓国の写真を見せてくれながら、「あの頃はよかった」というのを何度か聞いたことがある。全く忘れていたけど、映画の中であのセリフを聞いた時、秘密の呪文のように、小学校低学年の記憶が蘇って、鼻の奥がツーンとなった。
 「あの頃はよかった」そういうおじいちゃんたちのちょっと悲しそうな横顔は、劇中の朴正煕と金部長と同じ表情だったのだ。
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