カツマ

KCIA 南山の部長たちのカツマのレビュー・感想・評価

KCIA 南山の部長たち(2018年製作の映画)
4.2
銃弾の音が突き破る。沈黙の闇を、民主主義の夜明けを、独裁政治の終わりを、まるで明るい未来が待っているかのように。だが、それは新たな闇の始まり。それを知らない男は、過去を精算しようとその心血を削れる場所まで削っていった。闇は深い。だからこそ、そのためには荒療治が必要だった。

本作は1979年に韓国で実際に起こった大統領暗殺事件をもとにしたフィクションで、原作はキム・チュンシクの同名小説から取られている。第93回アカデミー賞の韓国映画代表映画に選出されたりと、国内外で高い評価を得ており、『パラサイト半地下の家族』でオスカー獲得後も、韓国映画のクオリティが非常に高いことを象徴するかのような一本である。主演には渋みのある演技で骨太なドラマに強固な芯を通した名優イ・ビョンホン。実話ベースのドラマであり、スパイ映画としても機能する、韓国映画らしい高い完成度を誇った作品だろう。

〜あらすじ〜

1970年代の後半。韓国では長くパク大統領が政権を握り、その直属のKCIA(大韓民国中央情報部)もまた絶大な権力を手にしていた。そのKCIAのトップである情報部長も周囲から畏怖される存在で、大統領の側近として、その政治基盤を守るために暗躍してきた。
だが、元情報部長のパク・ヨンガクが祖国を裏切り、アメリカに渡ったことで、大統領はアメリカの動向に注視せざるを得なくなった。そんなパク元部長を止めるための布石として、現情報部長のキム・ギュピョンはアメリカへと飛んだ。
キム部長とパク元部長は旧来の仲。かつては共に大統領を支えてきた存在だった。そこでキム部長はパク元部長が現在執筆中の暴露本の原本を押さえることで、パク元部長が大統領から赦しを得ることも想定して交渉に臨んでいた。交渉の末、無事、暴露本の原本を手に入れたキム部長だったが、パク元部長から不穏な情報を聞くことに。それは大統領が情報部とはまた別に秘密の部隊を持っており、スイスの銀行で資金洗浄をさせている、という噂で・・。

〜見どころと感想〜

凹凸は少なく、展開が早すぎるわけでもない。はずなのに、主人公の焦燥と困惑を画面にベッタリと貼りつけて、終始目が離せないよう、緊迫感を巡らせた画を完成させている。それは登場人物の感情の機微表現の巧さ、つまりは鑑賞者を没入させる表現方法が多彩であるということだろう。結末は分かっているのだが、そこに至るまでの過程が面白い。過程が面白いからこそ、結末の衝撃度が活きてくる、という展開美も本作の見どころであると思う。

配役陣も非常にレベルが高いが、素晴らしいのはやはり主演のイ・ビョンホン。ハリウッド映画への出演経験もある彼だが、50代になり、演技力も研磨され、こんな年嵩の増した役柄にもフィットするようになった。あまり喋らない役ながら、表情と佇まいで感情を現す演技が素晴らしく、それに対して激昂するシーンでは怒りを爆発させるなど、主人公の複雑な胸のうちを見事に表現した。他にもパク大統領役のイ・ソンミンの演技も凄まじく、冷徹で孤独な独裁者というキャラクターを完璧に具現化。売れっ子のクァク・ドウォンも胡散臭い役柄で大いに個性を発揮している。

この映画は史実に基づいたフィクションである。が、主人公の感情に余計な介入をしておらず、あくまで俯瞰的に冷静を保った脚本には好感が持てる。大統領を暗殺した男はどんな未来を願って凶行へと及んだのか。そこにある大きなメッセージは、韓国という国の民主化への道筋を示す希望にも似た光。だが、実際にはこの後も韓国の軍事政権は継続され、様々な悲劇が起こる。そんな歴史的な事実は哀しいが、そこで闘おうとした人物がいたことを本作は映画として残しておきたかった、のかもしれない。

〜あとがき〜

見応え抜群、さすがは韓国映画というクオリティが炸裂する骨太なドラマエンターテイメントです。全体的に画面に色彩は少ないですし、キャラクターはほとんどがオジサンばかり。にも関わらず、緊張感の表現が上手いんですよね。一触即発の雰囲気が充満してくる後半は特に面白かったです。

韓国の歴史映画はほぼハズレ無しな気がします。ただ本作は『タクシー運転手』とは異なり、支配者側の話なので、より無機質で平熱の狂気が味わえます。演者たちの演技も本当に素晴らしい!韓国という国は、まだまだ名作を生み出し続けてくれているようですね。
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