ことぶき

1917 命をかけた伝令のことぶきのネタバレレビュー・内容・結末

1917 命をかけた伝令(2019年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

1917を観ました。

意図的にこちらとスクリーンとの境界線を削り取ってきた映画だと思いました。正直、BGMがなかったら映画だと認識できなくなっていたかもしれない。
しかも音楽も、ティンパニかな、大きな太鼓の音が遠くの砲撃音に聞こえるくらいにあの世界に自分は取り込まれてしまっている。

脚本がどうとか、俳優がどうとかではなく、この映画に関わった人全員で作り上げた世界がこの映画なのだと思います。
ドキュメンタリーのような…言い方が悪いですが、ある意味で“戦争体験”なのだと。この言葉の使い方はよろしくないかもしれないけれど、それ以外にうまく言えない。
ウィルが走る、人を殺める、恐怖する、安心するのを共に感じて、息なんてつけないままで物語が進んでいく。観ているうちに気づいたら呼吸が乱れていて、一緒に戦地で死体の臭いを嗅いでいる気分になる。

戦争映画というものはたくさんの系統分けができると思うのですが、そのなかでも「1917」は理性ではなく本能に働きかけるものだと感じました。「こうだから、こうだろう?」というものではなく、「感じてみれば全部わかるでしょう」と全てをこちらに差し出してくるような。観客に、そういう舞台を提供してくれる。

ワンカットというのが、正直ここまで映画の感じ方に作用してくるとは思っていませんでした。もしこういう撮り方じゃなかったら、きっと本編中の辛い波の中で、何度か休憩してしまっていた。映像が切り替わって、それでスクリーンの中の物語も切り替わったと思い込んでしまう。でもそれがない。空白の時間というものがない。なんて現実感のある作品だろうなと惚れ惚れしました。やられたと思った。こういうのにとことん弱いです。辛くて心臓が壊れるんじゃないかというくらい、緊張しながら見入ってしまって、得るものがとてつもなく大きい。

「感じる」というものは視覚にも聴覚にも劣らない大事な感覚だと思います。それにとことん作用してくるからこの映画はずるい。例えば伝令を命じられたときのぴりついた空気、兄の話を聞いたブレイクの目の色が変わった温度のようなもの。それを、スクリーンとの余計なものを限界まで取り払ったこの作品だからこそ、少しでも近くで感じられる。
どの役者にも賞は贈りづらいのだろうなと思いました。だって誰が良かったなんて決められないし、決めるべきではないのだと思います。

イギリス兵士だってドイツ兵士だってあの前線で生きていた一人一人のただの人間であって、特別な何かがあるわけじゃない。話す言語が多少違っていたって、属する国が違っていたって、故郷がある同じ人間だな。線を引いて塹壕を掘って、ここからどっちがどっちの陣営だなんてこんなに不毛なことがあるだろうか。
こういうことを理屈抜きで伝えてくるから、本当に、やられてしまった。

鑑賞していてあまり時間の感覚がなかったのですが、ブレイクが刺されてしまうまでずっと二人支え合い、握り合ってきた手を、ブレイクの兄と握手で結ぶのにはもう、呻き声が出るくらいに泣きました。
ひとり駆け抜けてきた戦場で、すぐそばは前線だというのに、こんなにも温かくて切ないのかと。


そしてこれはただふと思っただけなのですが、ラスト、ウィルが木に身体を預けて息をつくシーン。冒頭とリンクさせているのもそうですが、マラトンの戦いで走り、勝利を伝えた伝令が力尽き亡くなった話を思い出して、なんとも言えずに涙がぼろぼろと溢れてきました。やり切ってしまった。やり切ったけれど失ったものは多くて、自分から削られていったものも多くて、しかも彼が伝えたのは勝利ではなく「停滞」。
前線を駆け抜けていたときよりも明確な“戦争って嫌だ”という感覚が焼き付いています。

「1917」。観るものではなく、考えるものでもなく、感じるものなのかなと思いました。体験なのだなと。呑気に花なんか咲いている隣で、戦闘機が墜落したりする。友が死にゆき、それでも当たり前に川は流れていて、赤ん坊は笑い、人は歌を歌う。
ああいやだと心底思います。



まったく考察も何もないただの感じたことを並べ立てただけの文章ですが、あの空気の余韻がまだ身体に残っているうちに書いておこうと思いました。そのうち書き加えるかも。


追加

酔うほどの没入感というのを聞きつけ、急遽ドラッグストアで酔い止めを購入、服用して鑑賞しました。そう激しいものではなかったけれど、カメラが動くことが多い上に集中力を持っていかれる作品なので、視界を強制的に動かされているように感じてしまうかも。あらかじめ教えてくださった方に感謝…!
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