umisodachi

ホモ・サピエンスの涙のumisodachiのレビュー・感想・評価

ホモ・サピエンスの涙(2019年製作の映画)
4.1


ロイ・アンダーソン監督の新作映画。33のシーンを繋ぎ合わせた構成。

ストーリーは……ない。一見すると何の脈絡もない短い場面がひたすら続く。高層ビルから外を見ている女性の後ろ姿だけだったり、バスの中でひたすら泣くおじさんだったり、レストランで盛大にワインを零すウェイターだったり、音楽に合わせておもむろに踊る女の子たちだったり、「信仰をなくした」と戸惑う牧師だったり、雪原を歩く兵士の列だったり、敗戦直前のヒトラーだったり……出てくる人々は時代も性別も年齢もバラバラ。牧師など数人は複数回登場するが、基本的には各シーンの脈絡も見えづらい。

でも、本作には完璧な調和というか、有無を言わさぬ統一感がある。シャガールなどの絵画をモチーフにした構図もだし、全体を貫くエドワード・ホッパー的なビジュアル世界もそう。定点から徹底的に客観視して撮られている計算しつくられた各シーンの構図は、我々を純粋な鑑賞者にする。誰かの個展を見ている感覚といえばいいのかな。ひとりの芸術家が追求するものを、いくつもの作品を見つめることでなんとか探ろうとする感覚。映画というよりも「動く美術展」という感じだった。

観ているうちに段々と見えてくるテーマは、「信仰の不在」と「絶望も希望も飲み込んで続きゆく世界」。

牧師は「信仰が消えた」と嘆き狼狽するが、彼を救う人は誰もいない。シャガールの絵を模した男女は、廃墟と化した街の上空を飛ぶ。戦後から人々は信仰を失い、軸がないまま時間は流れていっている。そんなイメージ。しかし、そこにあるのは絶望ばかりではない。

途中で登場する若者は、「自身のエネルギーは変化しても決して消えることはなく、いつか再び僕らは巡り合うかもしれない」と彼女に語りかける。本作で描かれている人間たちは戦争から非常に些細なことまであらゆることに喜怒哀楽を示すが、すべては同じ人間の営みなのだ。我々は喜んだり悲しんだり恋をしたりしながらいずれ死に、また形を変えて生まれてくる。ヒトラーも、バスの中で泣く男も、みな等しくエネルギーであり、そこに差はない。ただ世界は変化しながら続いていくだけ。

あるシーンでは、男がおもむろに「世界は素晴らしい」と叫び続ける。本作で描かれているのは悲しみの方が多いが、ロイ・アンダーソンは決して絶望していない。信仰を失って浮遊する世界で、私たちは永遠のときを生き続ける。それはそれで、やはり素晴らしいことなのだ。

そして最後。映っているのは、何もない道の真ん中で車が故障して途方に暮れている男。画面の中の男はこちらを見つめる。鑑賞者に徹していた観客もまた、続きゆく世界の一員なのだ。
umisodachi

umisodachi